衣笠 睦生(きぬがさ むつお)さん
町人の暮らしを支える「むっちゃん」の移動販売
江戸時代から続く歴史ある町並みに鳴り響く、「大江戸捜査網」のテーマ曲。橙色のトラックに乗ってさっそうと現れたのは、卸専門の鮮魚店『鮮魚衣笠』を営む衣笠睦生さん。
井戸端会議をしながら到着を待ちわびていた地元のおばちゃんやおじちゃんたちは、荷台から運び出される商品を次々と手に取ります。
「今日はサンマがあるで」「柿がお買い得よー」と声をかける衣笠さんの周りには、あっという間に人だかりができてしまいました。
「むっちゃんに会いたいけー来るんよ。この移動販売があるおかげで、ほんまに助かっとる」とお客さんが話す通り、この移動販売は高齢者の暮らしを支える大切な存在です。
刺身や焼き魚など港町らしい商品がずらり
移動販売がスタートしたのは2017年(平成29年)のこと。鞆にあった唯一のスーパーマーケットが閉店してしまったのがきっかけでした。衣笠さんの本業は、市場で仕入れた魚をさばき、ホテルや旅館などの厨房へ届ける卸専門の鮮魚店。せっかく市場に行くのだからと、魚だけではなく、野菜や果物、加工品などさまざまな物を仕入れて販売することにしたのです。
現在は週に5日、鞆町内の各所を巡るほか、『沼名前神社』で月に1度開催されている「とも・潮待ち軽トラ市」に出店することもあります。
人気商品は、鮮度抜群の刺身や隔週で登場する焼き魚。大きなタコやワタリガニといった顔ぶれに出会えるのも、港町・鞆ならではの魅力です。
自分にできることを続けることの大切さ
祖父の代から続く鮮魚店を受け継ぎながら、旬のおいしい魚をより多くの人に届けたいと移動販売にも挑戦する衣笠さん。「僕は生まれも育ちも鞆。地元のためにできることを、できる範囲でやっとるだけです。楽しみに待ってくれる人がおる限り続けたい。休まず続けるのみ!」と話してくれました。移動販売をしていなければ出会えなかった人との縁が、何よりありがたいと感じているそう。
まちの困り事を担う衣笠さんのような人がいるからこそ、不便ながらも豊かな鞆の暮らしが守られているのです。
2022年(令和4年)11月取材