【幻冬舎】
2022.12.03
医師で、老年医学の第一人者である和田秀樹さんの著書『80歳の壁』が、2022年の日販(総合)、トーハン(総合)の年間ベストセラーランキングでいずれも1位となり、「2冠」を達成しました。発行部数は50万部を超え、発売から8か月たった今も売れ続けています。来年1月には待望の新刊、『ぼけの壁』を刊行予定の和田さん。ぼけ(認知症)に対する間違ったイメージが世間にはあふれていると警鐘を鳴らします。
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ボケたら何もわからなくなるのか?
私の専門は老年精神医学です。さまざまな症状の患者さんを診ていますが、なかでも多いのがうつ病と認知症です。
患者さんは高齢ですから、ご家族に付き添われてくる場合がほとんどです。
「どうされましたか?」と聞くと、たいていご家族が、「おじいちゃんがこんなこともできなくなって……」とか「おばあちゃんが5分前のことも忘れてしまうようになって……」などと話し、「認知症ですかね?」と不安そうに聞いてきます。
ご家族からすれば、「5分前のことを忘れる」のは大ごとです。「あんなにしっかりしていたおばあちゃんが……」とショックな気持ちもわかります。
しかし、専門の立場からすると、簡単に「認知症です」と言うわけにはいきません。なぜなら、認知症にまつわる誤解がけっこうあるからです。そうした誤解を解かぬまま「認知症です」と医師が診断してしまうと、本人も家族も不幸になりかねないと、私は危惧しているのです。
認知症は多くの場合、「もの忘れ」から始まります。
その次に起こるのが「失見当識」です。場所とか時間の感覚が悪くなり、道に迷うとか、いまの時間がわからなくなるという現象が起こります。たとえば、夜中に起きたのに朝だと思って外出しようとしたりする。これが「失見当識」です。
そして、失見当識の次に起こるのが「知能低下」です。小さな知能低下はそれ以前にもあったのでしょうが、ここで言うのは「目立った知能低下」のこと。人の会話がわからなくなるとか、本を読んでも読めない、テレビを見ても意味がわからないということです。
認知症には、このような段階があるのに、一口に「認知症です」と断じてしまうのは、とても乱暴な話だと、私は思っているのです。
5分前のことを覚えていなくても、話してみるとちゃんと会話ができる。あるいは、道に迷いまくっているのに『月刊文藝春秋』を読んで、理路整然と意見を言ったりする。つまり、知能はまだしっかりしているわけです。
ところが、世間は認知症に対して、「ボケたら何もわからなくなる」という画一的なイメージを持っています。すると、どういうことが起こるか?
たとえば、おじいちゃんボケてるからと家族みんなで悪口を言っていたら、当人は完全に理解していた。あるいは、おばあちゃんボケてるからと「あれはダメ、これも危ないからダメ」と本当はできることまで取り上げてしまう……。
まだまだ残存機能はたくさん残されているのに、「認知症です」の一言で、それらをすべて奪われる、ということが現実に起きているのです。
これって、とても不幸なことだと思いませんか?
せっかく頑張って生きてきた晩年がこれでは、あまりにも悲し過ぎます。
認知症になってもできることはまだまだある
認知症への勝手な思い込みはまだまだあります。
たとえば「ボケたら徘徊する」というのも、その一つです。でも、ちょっと考えたら「そんなはずがない」ということがわかります。
なぜなら、いま日本には認知症患者が600万人いるとされ、国民の20人に1人と言われていますが、その全員が徘徊したら、渋谷のスクランブル交差点などは認知症の人だらけになっているはずだからです。
認知症は基本的には老化現象です。つまり、少しずつ大人しくなっていくのが通常のパターンで、家に閉じこもる人のほうがずっと多いのです。
専門的な用語を使うと、認知症は「スペクトラム障害」と考えられるもので、軽度から重度まで、幅のある障害なのです。
それを知らないから、愚かな政治家がとんでもない発言をする。以前、ある大臣が日本のコメが中国で高値で流通していることについて「7万8000円と1万6000円はどっちが高いか、アルツハイマーの人でもわかる」などと言ってひんしゅくを買いました。
アルツハイマーの人でもわかるどころか、経済がわかる賢いアルツハイマーの人はいっぱいいるよ、ということなのです。
現に、アメリカのレーガン元大統領やイギリスのサッチャー元首相は、発症の数年後に会話ができないほど悪くなってから認知症を告白しましたが、在任中もおそらく軽度の記憶障害くらいはあったはずなのです。
つまり、認知症になっても、首相や大統領も務まる、ということです。
そのように幅があるものなのに、「認知症になったらもう終わりだ」などと、絶対に決めつけてほしくありません。誰に何を言われようが「まだまだできることはあるわい」と、残存能力をしぶとくキープしてほしいと思うのです。
※本稿は、『80歳の壁』の一部を再編集したものです。
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和田秀樹さんからのコメント
『80歳の壁』の発売当初から、「友だちにも薦めました」「
超高齢化社会を迎えると言われながら、