【東洋経済】
2023/07/10
「変化の側に身を置くメンタリティー」が重要
今、大きな話題となっているChatGPTなどの生成AIについて、AI研究の第一人者、東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センター/技術経営戦略学専攻 教授の松尾豊氏は、「確実に世の中に浸透していく」と語る。人はAIに仕事を奪われてしまうのか、教員の仕事はどう変わっていくのか――政府のAI戦略会議 座長や、新しい資本主義実現会議 有識者構成員なども務める松尾氏に、今後AIの進化が与える教育業界へのインパクトや、この時代を生き抜くために必要な力などについて聞いた。
「先生が教えやすくなる」など、多様なツールの可能性
――現在、第3次AIブームといわれていますが、話題のChatGPTはこれまでのAIと何が違うのでしょうか。
今回の第3次AIブームの源泉はディープラーニングです。顔認証や画像診断といった画像認識を中心に世の中に活用が広がりましたが、ChatGPTは言語を扱う技術ということで、今まで以上に影響範囲が広いといえます。
インターネットをはじめスマートフォンや自動車など、これまでの歴史で見てきたように、新しい技術が生まれてから使えるサービスとして一般に行き渡るまでには、相応の時間がかかるでしょう。しかし、確実に生成AIは世の中に浸透していくと考えています。
――文部科学省が2023年7月4日に「初等中等教育段階における生成 AI の利用に関する暫定的なガイドライン」を公表しましたが、活用に抵抗感を持つ教員もいそうです。
最初は抵抗感を持つ人がいるのは当然ですが、先生方も将来的に生成AIを使わないという選択肢はないと思っている方が多いのではないでしょうか。技術がいずれ普及するのだとすると、それを使わないというのは「スマホを使いません」と言って徐々に生活に不便を来すことと近いのかもしれません。
もちろん、短期的には使い方に注意が必要です。例えば、リポートを書いたり、問題を解いたりするときに生成AIを使う児童生徒や学生も出てくるでしょうから、そのあたりのルールや問題の作り方などの議論は必要です。一方、長期的には生成AIを使って教育にどう活用していくのかを具体的に考えていくことが大切になってくると思います。
英語教育の分野ではすでにChatGPTを活用したサービスが始まっているほか、OpenAIがKhan Academyと共同開発したパイロットプログラムでは、深い理解を促すソクラテス型の対話教育が可能になっています。皆さんも実感していることだと思いますが、ChatGPTは知らないことがあれば、わかりやすく教えてくれます。小学生でもわかるようにと入力すれば、さらにわかりやすく教えてくれる。つまり、教え方が効率化するなど、何らかの効果があるのは間違いないといえます。
ただ、これからどのような形で学校の現場や生徒一人ひとりが使うようになるのかは、いろんな仕組みやサービスがもっと出てこなければわかりません。今のChatGPTのままで広がるわけではなく、教育の現場に合わせたサービスとして導入されることで学校でも普及していくと考えています。
例えば、児童生徒の勉強をサポートするアプリのようなものもできるでしょうし、先生がもっと教えやすくなるツールもできるでしょう。これはインターネットが出現したときに、どのようなサービスが出てくるのかわからなかったのと同じで、現時点で明確な答えはありませんが、いろんな可能性はあると思います。
実際、ChatGPTに論文のPDFを入れるだけで講義のスクリプト(台本)が自動的にできるサービスを私の研究室の学生があっという間につくってしまいました。このように、これからさまざまな教育サービスが生まれていくでしょう。
大人にも子どもにも重要なのは「変化を嫌がらないこと」
――ChatGPTなどの生成AIが仕事をしている人たちにとって脅威になることはありませんか。
生成AIには、技術が進むという話とサービスが広がっていくという話の両面があります。例えば、iPhoneが登場したのは2007年で、当時からアプリを載せる技術や仕組みはありましたが、まだ社会全体には広がっていませんでした。しかし、今やいろんなアプリが登場し、みんなが使っている状態になっているわけです。
大規模言語モデルの技術は、ChatGPTがわかりやすいデモンストレーションになっていますが、これを使ったサービスはまだまだ未開拓で、広大な活用領域が広がっています。だから今、すごい勢いでMicrosoftやGoogleなどの大手企業やスタートアップ企業が参入しようとしています。
その流れは当然、教育の分野に及んできますし、ほかの分野にも浸透していきます。そこにマーケットがあり、ビジネスとして成立するのであれば、サービスは進化していきますし、そこで影響を受ける仕事も出てくるでしょう。
例えば、ホワイトカラーにもさまざまな職種がありますが、営業ツールや議事録を自動で作るサービス、スケジュール調整用のAIなどが登場して、今の仕事が代替される可能性があるでしょう。将来的には「昔はスケジュール調整などをメールでやっていて、AIはなかったらしいよ」と言われるような時代がやってくるのかもしれません。
――そんなAI時代を生きるうえで、私たちにはどのようなスキルが大事になってくるのでしょうか。
よく聞かれることですが、わからないというのが正直なところです。今ChatGPTが出現したことによって、大きなマーケットが生まれようとしているわけで、さまざまなサービスが立ち上がってくると、書くという作業が大幅に減るかもしれませんし、人が翻訳することも必要なくなってくるかもしれません。
そうした進化が今、数週間、数カ月単位で起こっています。それに対し、教育が10~20年という長いスパンで行われるわけですから、先回りすること自体ができないと思ったほうがいい。社会の動きを読んで、のちのち自分が優位なポジションに就くために10年前から進路を考えて、そのとおりになるなんてことはこれからもうないと言ったほうがいいでしょう。
世の中の動きがどんどん速くなっているので、より瞬発的に動いていくしかない。だからこそ、変化を嫌がらないこと、変化する側につねに身を置くというメンタリティーが、大人にも子どもにもこれからは重要になっていくでしょう。
「自分はこのスキルを身に付けたから大丈夫」だというマインドでは世の中で戦っていけなくなる。身に付けたスキルが通用しなくなったとしても、そういうものだと切り替え、つねに勉強しながら自分を時代の変化に合わせていく姿勢が大切になります。そうすれば、昔やってきたことが後になってから生きてくるかもしれません。
――松尾先生ご自身もAIの研究をされていて、「変化のスピードが速い」「自分も変わっていかなければならない」と感じられますか。
もちろんそうです。AIの研究も、あっという間に置いていかれますから、つねにアップデートしないといけません。OpenAIやGoogleがどうなるのか、自分の仕事がどうなるのか、この先のことはわからないというのが正直なところです。そう思って動くしかないのです。長期的にどうこう考えるよりも、とりあえず目の前のものを見ながら走ろうよ、という感じでしょうか。
「フラットな関係」で先生も生徒も一緒に学ぶ姿勢が大事
――学習指導要領改訂によって、問題発見力や課題解決力を重視した探究型の教育が進んでいますが、AIが進化する時代の中、その方向性は適切だといえますか。
適切だとは思います。ただ、私の研究室では、私自身も学生もそうなのですが、私が教えているという認識はないんです。むしろみんなで学んでいるという感覚です。とくに若い人たちは互いに教え合っています。スマホの使い方を若い人から教わるように、AIの新しい技術についても若い人から教えてもらったほうがいい。
つまり、従来のように「教える、教えられる」という関係が変わってきているのです。時代の流れが速くなっているので、昔勉強したことが役に立ちません。ですから、若い人たちで教え合い、大人も一緒に学ぶ。今、学校で行われている探究型教育についても、フラットな関係で先生も生徒も一緒に学ぶという姿勢が大事になってくるのではないでしょうか。これからは先生も学び続けなければならないのです。
――AIの進化が加速する時代において、教員にはどのようなスキルが求められるようになると思われますか。
今であれば、まずご自身でChatGPTを使って勉強してみてほしいと思います。新しい技術が出たら、とにかく使ってみて、使いながら教育がどう変わっていくのか試してよく考えていく。一度使えば、必ず見えてくるものがあります。賢い使い方や意外な弱点、可能性もわかってくるのです。そうやって試行錯誤を繰り返していくと、理解が深まるとともに新しい教育のあり方も見えてくるはずです。
(文:國貞文隆、撮影:筒井義昭)