【備後とことこ】
2022.12.03
自動車が盛んに往来する一般道路から奥まった場所にある旧街道沿いに、古いまちなみを残す地域があります。
古いまちなみを通ると、過去の記憶がよみがえるような懐かしさを感じることはありませんか。
いまや多くの人が、そうした環境で暮らした経験はないのに、郷愁に似た感覚を覚えるのはどんな心のありようでしょう。
いずれにしても、消えゆくまちなみが醸し出す無常感にただひたるだけでは惜しい気もします。
さて今回は歴史的なまちなみに残る魅力を秘めたもののなかから、なにを地域の宝として選びだし、未来へ伝えつぐか。
「地域遺産」のあり方を考えるレポートです。
記載されている内容は、2022年12月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
山陽道 宿場町の面影を残す 神辺宿
福山城築城400年記念日から3か月が過ぎようとする2022年11月、それを機に福山市を訪れる観光客も増加しているようです。
福山市街から車で約7キロメートル北上すると、神辺町に着きます(福塩線では神辺駅まで13分)。
水野勝成(みずの かつなり)の福山城築城は、それまで神辺が担っていた城下町の機能を一時消滅させました。
しかし参勤交代制により、宿場町として賑わいを取り戻したという歴史の流れがあります。
また本陣と宿場街道沿いに開かれた廉塾(れんじゅく│菅茶山の私塾・藩校)が、各藩の儒学者や文化人の交流をもたらし、陸路交通の要衝、さらに教育・文化交流の拠点として栄えたのです。
参勤交代時の記録によると、本陣だけでなく宿駅の民家など地域ぐるみで宿泊対応を図ったとされ、今もなお、その面影やたたずまいを残しています。
「守りたい・残したい神辺宿」を発信する
神辺宿エリアもまた、少子高齢化、商業活動の低下などから江戸~昭和初期のおもむきを残す建物が徐々に消え、まちなみの魅力を失いつつある状況です。
そうしたことから、十日市の路地裏に建つ守りたい・残したい神辺宿を象徴する貴重な建物の一つ、旧菅波家住宅を地域交流の場としてリノベーションすることになりました。
令和4年11月19日、神辺学区まちづくり推進委員会主催「古民家リノベ工事現場見学会」には約100名が参加。
見学会では、講師の平野毅(ひらの つよし)さんに建物の特徴やリノベーションの行程などについて説明を受けました。
新たに命が吹き込まれる古民家の躯体に、参加者のかたがたは興味深々のようすでした。
神辺宿を代表する重要建築 旧菅波邸
神辺宿では庄屋を務めていた旧菅波家は、南向きの主屋を構え、正面には長屋門があります。
桁行十間半(約19メートル)の主屋は入母屋造(いりもやづくり)で、桟瓦葺(さんかわらぶき)の起り屋根が掛かり、本瓦葺の下屋を周囲に巡らせています。
19世紀前期に建てられながら、保存状態はよく、意匠的ななまこ壁や本陣にも見られる面皮柱(めんかわばしら)を取り合わせた当地域を代表する重要な建造物です。
長屋門をくぐるには、街路から延びた小路を通る必要があり、それが旧菅波家の隠れ家風情を引き立てています。
順路を納めた写真を見ながら想像してください…。
▼立て看板の手前が旧菅波邸に通じる入口
▼街路から小路に入ると奥に長屋門が見える
▼味わい深い長屋門が迎えてくれる
目下改修にあたり、基本的特徴は残しつつ、地域交流の場として古民家カフェに生まれ変わるべく工事中です。
地域交流の場へ 古民家カフェ ANJIN
2023年6~7月にオープンを予定する旧菅波邸 Cafe ANJIN(Coffee・Sweets・Foods) 。
その店名「ANJIN(アンジン)」の由来は仏教にあるようです。
掲示されていたポスターの文章を引いておきます。
仏教の言葉で安心(あんじん)という言葉があります。
信仰や実践により到達する心の安らぎ、あるいは不動の境地を意味しています。
カフェANJINは、みんなにとって安心できるような場所でありたい。
そんな願いをこめて名づけられています。
また、このロゴは旧菅波家住宅の特徴である意匠的なナマコ壁をイメージしてデザインされています。
仏教が日常に根付いていたころの建物にふさわしく、来訪者の心の拠り所となるような呼び名です。
またオープン後のようすが描かれたイラストには、以下のような言葉が添えられ、オーナーの明確なビジョンのもと、リノベーションが進められていることがわかります。
細い路地を進むと門が見えます。縁側ではのんびり過ごす人々。菅波家の面影が残るカフェ。開放的な広間で過ごす。神辺の魅力を伝える場所であったらいいな。
「細い路地を進むと~」とあるように、カフェANJINへの入り口は通りがかりに偶然見つけた、とはなりにくい場所にあります。
隠れ家的というと月並みな形容ですが、昔の神辺を生きた住人の生活を追体験するつもりで、時間をさかのぼるように細い路地を歩くといいですね。
カフェの畳スペースでは、福山大学建築学科の学生が制作した椅子を使用できないか検討しています。
家具職人の指導を受け、デザインや構造を検討したうえで、つくられました。
木工所の見学を通じて家具制作の知識を深めることで、専門的な技術が活かされています。
それぞれ特徴をもった数脚の椅子は、長時間座っていても負担にならないような工夫がほどこされた仕上がりです。
「地域遺産」としての神辺宿 ~ まちなみ講演会
城下町と宿場町の特性を併せ持つ、貴重なまちなみを形成する神辺宿。
繊維業が栄えた明治以後、大きな開発をまぬかれたことで、現在も歴史の面影をたどることができます。
神辺宿では、廉塾(れんじゅく)が国の特別史跡に、神辺本陣が県の重要文化財に指定され、個々に保護、保存活動が行われています。
近年、地域の歴史・文化や近現代の建築、地域の伝統行事、自然など幅広く「地域遺産」の発掘活動が行われています。
そうした中で、見学会と同日(11月19日)、神辺宿を地域遺産として継承する方策について学ぶ「神辺宿まちなみ講演会」が、神辺公民館集会室で行われました。
講師は福山大学建築学科教授の佐藤圭一(さとう けいいち)さんです。
あらゆる意味で地域遺産という言葉は使われますが、佐藤さんは「有形無形を問わず、地域の人々が守り、後世に伝えたい地域の至宝」と暫定規定しています。
また文化財や歴史的建造物に限定せず、土着の風習や生活空間なども含め、地域に根付いたものや守りたい、残したい至宝を掘り起こし、見出される遺産といいます。
その地域の切実な課題とともに、地域遺産は眠っている、とも。
外部からの権威付けのみに頼らず、地域の人々が主体となって、当地から消滅させたくないと願う宝を吟味する過程が必要なのでしょう。
神辺宿のアイデンティティ(神辺そのもの)を保持しながら、同時に使い続けることの仕組みが求められるようです。
今後はカフェANJINのオープンによって、関係人口の広がりを生み、神辺宿をよく知る住民の気づかなかった遺産が掘り起こされる可能性もあります。
来春(2023年3月18日)には、今回のイベントをさらにアップデートした「第5回地域遺産フォーラム」を開催予定です。
神辺というまちの発祥となった神辺宿を顧みるとともに、なにを未来に受けつぐことができるか、一緒に考えてみませんか。
おわりに
今回、イベント参加者からは、古民家再生やまちなみ保存の関心の高さが見て取れました。
しかし神辺宿へのリピートの道筋が見えないため、その効果のほどは楽観できないと、重政憲之(しげまさ のりゆき│神辺宿文化研究会 会長)さんはいいます。
地域遺産とは、特定のストーリーにもとづく観光パッケージではなく、地域の人々が掘り起こし、磨き上げて光らせるものだからです。
とはいえ、守りたい、残したい、伝えたいという視点で地域を掘り起こすうち、まちづくりの活力が生まれるのではないかという期待は持てたのだそう。
地域に向けられた、たゆまぬ関心が地域の活力を生み、やがて人流につながる。
そうした持続する仕組みづくりが、やはり求められるのだろうと感じました。
神辺学区まちづくり推進委員会 (福山市神辺公民館内)のデータ
名前 | 神辺学区まちづくり推進委員会 (福山市神辺公民館内) |
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期日 | 月~木曜日 午前8時30分~午後5時 土曜日 午前8時30分~午後12時15分 |
場所 | 広島県福山市神辺町川南3088-1 |
参加費用(税込) | |
ホームページ | 神辺学区まちづくり推進委員会 神辺宿文化研究会 |