【buzzfeed.com】
2023年4月3日
新型コロナウイルスの対策緩和に日本も舵を切る中、徐々に陽性者が増え始めている。第9波に突入したということなのだろうか?
様々な対策や行政の関与が薄まっていく中、欧米では新たな性質を持つ亜系統も登場している。
日本は今、次にどんな流行になることが予測されるのか。そして、今打てる対策は何か。
BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに取材した。
※インタビューは4月1日に行い、その時点の情報に基づいている。
9波に突入
——しばらく新型コロナの流行は落ち着いていましたが、最近また陽性者が増え始めました。現状をどう分析していますか?
全国の流行曲線をじっくり見ると、どの都道府県も同じような曲線を描いています。
第8波の方が第7波よりも低いところが多く、年末年始後の一過性のピークがあって、ずっと単調な減少が続いてきたのがこれまでです。
第8波の流行を起こしたのは、オミクロンのBA.5の残りとBQ1.1でした。それらに対する免疫を持った人が、社会の中で接触が増える途上で十分増えてきています。
ウイルスにさらされた人たちは自然感染で免疫を持っているので、単調減少が続いてきたのが3月半ばまでです。
都道府県で登録された陽性者がどれぐらい増えてきたか、先週 / 今週比で見たグラフがこちらです。
それぞれの都市で比を取ると直近2週の間に1を超える状態になってきています。先週/今週比は、実効再生産数(※)と同じような解釈ができて、1を超えると感染拡大します。
※一人の感染者あたりの二次感染者数の平均値。1を超えると感染拡大し始める。
3月の23、24日あたりから、報告日ベースでも陽性者の増加が始まっています。
——これは9波に入りかけていると考えてもいいのですか?
はい。明確に9波に入っています。
流行拡大まで時間がかかるウイルスの進化
一つだけ過去の予測を修正しなければいけません。8波の後にすぐ9波が来るのは皆さんとしても経験上で当たり前のようになってきましたが、私は「入院患者数はコロナ確保病床で2割を切ったことがない」とも言っていました。
しかし実際は、8波の流行から今回の流行への谷間の入院状況は比較的楽になったところも多いというのが実情でした。今流行を起こしているウイルスの進化が関わっていると思います。
ウイルスによって、「伝播しやすさ」と「免疫を逃避する性質(ワクチンや感染によってできた免疫が新たなウイルスへの抵抗力を持たない性質)」のそれぞれの特徴があります。
そして今、主体となっているオミクロンの組み換え体「XBB」はこれまでの亜系統と比べて免疫を逃避しやすいことはわかっています。
ウイルスの細胞に入る性質がこれまでのウイルスより優れているなど、そんな風に性質が一気に変わったわけではなかったので、想定よりも8波が収束してから再び感染が広がってくるのには時間がかかりました。
例えば、武漢株の後にアルファ株、デルタ株が出ると、一定の度合いで伝播性は上がっていきました。まだこの点に関しては諸説ある状況ですが、少なくとも細胞侵入の能力は上がってきていて、それを証明するような疫学的な特徴が見られてきましたね。
そういう変異と、今、免疫を持っている人が増える中で免疫を逃避する新たなウイルスが出てくることと、二つのメカニズムが働きます。オミクロンでも、これまでの流行ではこの二つのメカニズムが働きました。
オミクロンの亜系統BA.1、BA.2からBA.5くらいまではそれまでのウイルスより伝播もしやすいし、免疫からも逃れやすかったのです。
それに対して今、流行の主体となっているXBBは伝播のしやすさがどれぐらいか、BA.1やBA.2を上回るのかはまだわかりません。でも免疫を回避することはわかっています。
人口内で免疫を持つ人がいることによって免疫逃避能を重視して自然選択が起こるという、従来からわかっている季節性のインフルエンザの免疫回避のメカニズムに似てきているのかもしれません。だから流行から流行までの間に時間がかかったのかもしれません。
新たな亜系統「XBB1.5」が増加
——そしてXBBからさらにウイルスは変異しているわけですか?
次の流行を起こすと考えられているのが「XBB1.5」という亜系統です。アメリカとヨーロッパで1月以降の流行の状況を大きく変えてきました。
この米国のウイルス変異の動向を見たグラフは、点が観察データで、線が予測値です。現時点でXBB1.5はアメリカで90%を超えたと見られ、大きな流行を年始に起こしてきた亜系統に相当します。
その前に流行していたBA.5やBQ.1の割合が減っていく一方、XBB1.5が増えていく。実効再生産数で言えば1.4倍ぐらいです。
BA.5やBQ.1は、同じ人口内なら伝播しなくなるぐらいみんな感染済みです。だから新たにXBB1.5が入ってくると増えるわけです。
例えば、日本で今までは実効再生産数が0.9に落ちて減少が続いていたのだとします。仮に全部がXBB.1.5に一気に置き換わると、実効再生産数は1.4倍の1.26になります。そうなれば感染拡大は避けられません。次に来る株はそういう性質を持っています。
——今、コロナ対策の緩和で外国人観光客がたくさん入ってきています。日本で広がるのも時間の問題ですね。
国際移動が緩和されると流行状況は次第に国を超えて近い状態になる道を歩みます。間もなく欧米に追いついていくのは目に見えています。
東京ではXBB1.5が6割超えまで増加
実はそういう流行が日本でどうなっていくかは2月後半から予測できていました。今の流行が来るだろう、と専門家内では共有して理解していました。
私たちの研究室では東京都のゲノム解析データを分析しているのですが、XBB1.5は2月末頃から毎週倍増していました。
「ああ、ついに来たな」とわかっていたわけですが、それに予測モデルを当てはめるとこういう風に増えていくというのがこのグラフです。
次のグラフはさらに2週分のデータを追加した予測ですが、現実も、ほぼ3月7日時点の予測のカーブに乗って増えていることがわかります。
点線の信頼区間が狭まっていますが、近い将来のXBB.1.5による流行が、より確実になったということですね。東京都では4月1日の週までにXBB1.5が61.2%まで増える予測です。
4月に入って5割を超えれば実効再生産数も増え、陽性者は増加に転じるだろうと考えてきました。現実に、予測通りに増えてきています。辛いところです。
さらにインドからも新たな亜系統が
XBB1.5が第9波の最初の中心になるのは間違いない情勢です。
気をつけなければいけないのは、XBB1.5だけではないことです。
思い出していただきたいのですが、第4波の時はアルファ株の流行が起こって緊急事態宣言も出て、感染者を減らして、少し休めるかと思ったらすぐインドからデルタ株が出てきました。それが2021年に起きたことです。
そして2023年の現在も、別の亜系統によってインドで感染者数が急増している状態です。「XBB1.16」という亜系統がインドで確認されていて、それが中心的な株になっています。
——日本でも「XBB1.5」が広がった後に、「XBB1.16」が広がるということでしょうか?
そうですね。XBB1.5の流行中にXBB1.16が広がるような展開もあり得るのではないかと思って危惧しています。
速報値ではありますが、XBB1.5と比べるとXBB1.16は1日あたりの増殖率が1.4倍と言われています。実効再生産数にするとその相対度合いはもっと高くなるものと思われます。
9波は「XBB1.5」が流行している最中に、より伝播力の高そうな「XBB1.16」が広がり始める可能性もある、という難しい流行になる可能性があります。
(続く)
【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授
2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。
専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。