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【第一生命経済研究所】エンゲル係数上昇の主因は実質賃金低下-永濱 利廣氏/2023.11.06**

【第一生命経済研究所】

2023.11.06

エンゲル係数上昇の主因は実質賃金低下

~食料・エネルギー価格上昇に伴い拡大する生活格差~

永濱 利廣

要旨
  • 経済的なゆとりを示す「エンゲル係数」が足元で高水準にある。エンゲル係数は家計の消費支出に占める食料費の割合であり、食料費は生活する上で最も必需な品目のため、一般に数値が下がると生活水準が上がり、逆に数値が上がると生活水準が下がる目安とされている。
  • 最近の我が国のエンゲル係数上昇は、実質実収入の減少と食料品の相対的な価格上昇が主因となっている。その背景には、明らかに賃金上昇が食料品を中心とした物価上昇に追い付いていない実質賃金の低下がある。一方で、高齢者世帯が多く含まれる無職世帯のエンゲル係数は低下傾向にある。背景には、新型コロナ感染に対する恐怖心緩和に伴うサービス支出の拡大があるが、依然としてコロナ前より高水準にあることから、必ずしも生活水準の上昇とは言えない。
  • 政府の小麦売り渡し価格が10月から1割以上下がっていることや、原発処理水の問題で海産物の価格が下がっていること等から、食料品の値上げラッシュはピークアウトしつつあるが、中長期的には人口の増加や海外の所得水準向上等に伴う需要の拡大に加え、脱炭素化や都市化による農地減少等も要因となり、食料・エネルギー価格の上昇トレンドは持続する可能性が高い。
  • 全体の物価が下がる中で食料・エネルギーの価格が上昇すると、特に低所得者層を中心に購入価格上昇を通じて負担感が高まり、購買力を抑えることになる。そして、低所得者層の実質購買力が一段と低下し、富裕層との間の実質所得格差は一段と拡大する。
  • 更に深刻なのは、我が国の低所得者世帯の割合が高まっている一方で、高所得者世帯の割合が低下傾向にある。こうした所得構造の変化は、我が国経済がマクロ安定化政策を誤ったことにより企業や家計がお金をため込む一方で政府が財政規律を意識して支出が抑制傾向となり、結果として過剰貯蓄を通じて日本国民の購買力が損なわれてきたことを表している。その結果、我が国では高所得者層の減少と低所得者層の増加を招き、家計全体が貧しくなってきた。
  • 本当の意味でのデフレ脱却には、消費段階での物価上昇だけでなく、国内で生み出された付加価値価格の上昇や国内需要不足の解消、単位あたりの労働コストの上昇が必要となる。そうなるには、賃金の上昇により国内需要が強まる『良い物価上昇』がもたらされることが不可欠といえよう。そのためには、実質賃金の上昇が不可欠となる。
目次 

22年度以降上昇に転じるエンゲル係数

経済的なゆとりを示す「エンゲル係数」が足元で高水準にある。特に二人以上世帯では2022年6月に26.0%まで低下したものが、今年7月には28.2%まで上がっている。

エンゲル係数は家計の消費支出に占める食料費の割合であり、食料費は生活する上で最も必需な品目のため、一般に数値が下がると生活水準が上がり、逆に数値が上がると生活水準が下がる目安とされている。

 

図表1

 

エンゲル係数上昇の主因は実質賃金低下

実際、直近2023年8月のエンゲル係数を前年比で見ても+2.2ポイント上昇を記録している。しかし、食料品の値上げが相次いでいる一方で食料品の消費量は減っているように見える。そこで、エンゲル係数の変化幅を食料品の消費量、すなわち実質食料支出と相対価格および全体の消費性向と実質実収入、非消費支出に分けて要因分解してみた。すると、実質食料支出と税金や社会保険料などの非消費支出がいずれも▲1.0ポイントの押し下げ働く一方、実質実収入の減少が+2.3ポイント、食料品の相対物価が+1.3ポイント、消費性向すなわち消費量全体の減少が+0.4ポイントそれぞれ押し上げ要因になっていることが分かる。

消費性向すなわち可処分所得に対する消費の割合が下がった背景には、値上げに伴い節約志向が強まったことが推察される。一方、食料品の相対価格上昇の背景には、政府の物価高対策で電気ガスなどエネルギー価格が抑制されたことで相対的に食料品価格の値上がりが上回ったことが推察される。そして最大の押し上げ要因である実質実収入減の背景には、30年ぶりの賃上げが実現したにもかかわらず、賃上げがインフレに追い付いていないことが考えられる。つまり、実質賃金の低下に加え、相対的に高い食料品価格の上昇、家計の節約志向の強まりがこのところのエンゲル係数押し上げの実体である。

なお、無職世帯に限ったエンゲル係数はそれほど上昇していないが、その背景にはコロナからのリオープンやエネルギー価格の上昇が関係している可能性がある。というのも、無職世帯の10大費目別の支出ウェイトの変化を見ると、足元では交通通信と教養娯楽のウェイトが拡大しているためである。つまり、高齢者の多い無職世帯では、コロナショック以降に行動制限が敷かれていたことで機会を奪われてきたサービス消費が持ち直す一方で、ロシアのウクライナ侵攻に伴う化石燃料等の資源高が特に交通費の支出を押し上げてきたことがエンゲル係数の上昇を抑制しているといえる。

 

図表2

 

足元の物価上昇は「悪い物価上昇」

こうした食料やエネルギーといった国内で十分供給できない輸入品の価格上昇で説明できる物価上昇は「悪い物価上昇」といえる。そもそも、物価上昇には「良い物価上昇」と「悪い物価上昇」がある。「良い物価上昇」とは、国内需要の拡大によって物価が上昇し、これが企業収益の増加を通じて賃金の上昇をもたらし、更に国内需要が拡大するという好循環を生み出す。しかし、ここ元の物価上昇は輸入原材料価格の高騰を原因とした食料・エネルギーの値上げによりもたらされている。そして、国内需要の拡大を伴わない物価上昇により、家計は節約を通じて国内需要を一段と委縮させている。その結果、賃金上昇が物価上昇に追い付かずにエンゲル係数が上昇していることからすれば、「悪い物価上昇」以外の何ものでもない。

 

図表3

 

なお、10月から政府の小麦売り渡し価格が1割以上下がったことや、原発処理水の問題で海産物価格が下がっていることからすれば、短期的には食料品の価格上昇自体は減速が期待される。しかし、世界の食料・エネルギー需給は、中長期的には人口の増加や所得水準の向上等に伴う需要の拡大に加え、脱炭素化や都市化による農地減少等も要因となる。このため、食料・エネルギー価格の上昇トレンドは持続すると見ておいたほうがいいだろう。

生活格差をもたらす食料・エネルギー価格の上昇

ここで重要なのは、食料・エネルギー価格の上昇が、生活格差の拡大をもたらすことである。食料・エネルギーといえば、低所得であるほど消費支出に占める比重が高く、高所得であるほど比重が低くなる傾向があるためだ。

事実、総務省「家計調査」によれば、可処分所得に占める食料・エネルギーの割合は、年収最上位20%の世帯が15.7%程度なのに対して、年収最下位20%の世帯では27.0%程度である。従って、全体の物価が下がる中で食料・エネルギーの価格が上昇すると、特に低所得者層を中心に購入価格上昇を通じて負担感が高まり、購買力を抑えることになる。そして、低所得者層の実質購買力が一段と低下し、富裕層との間の実質所得格差は一段と拡大する。

 

図表4

 

更に深刻なのは、我が国の低所得者世帯の割合が高まっている一方で、高所得者世帯の割合が低水準にある。事実、総務省の家計調査年報で年収階層別の世帯構成比を見ると、年収が最も低い200 万円未満に属する世帯の割合は2000年から2022年にかけて拡大している一方で、年収が最も高い1500万円以上に属する世帯の割合は2000年から2022年かけて低下している。こうした所得構造の変化は、我が国経済がマクロ安定化政策を誤ったことにより、企業や家計がお金をため込む一方で政府が財政規律を意識して支出が抑制傾向となり、結果として過剰貯蓄を通じて日本国民の購買力が損なわれていることを表しているといえよう。そして、我が国では高所得者層の減少と低所得者層の増加を招き、結果として家計全体が貧しくなってきたといえる。

 

図表5

 

日銀の出口判断に重要な賃金

これに対し、日銀はインフレ目標2%を掲げている。しかし、輸入食料品価格の上昇により消費者物価の前年比が+2%に到達しても、それは安定した上昇とは言えず、『良い物価上昇』の好循環は描けない。つまり、本当の意味でのデフレ脱却には、消費段階での物価上昇だけでなく、国内で生み出された付加価値価格の上昇や国内需要不足の解消、単位あたりの労働コストの上昇が必要となる。

そしてそうなるには、賃金の上昇により国内需要が強まる『良い物価上昇』がもたらされることが不可欠といえよう。となると、「2%の物価目標」達成をどう判断するかが重要となってくるが、ここではやはり賃金の動向が重要になってこよう。というのも、植田新体制になって日銀はフォワードガイダンスに賃金を盛り込んでいるからである。そして具体的に日銀は2%の物価目標を念頭に置いた場合、名目賃金上昇率+3%、つまり実質賃金が+1%上昇する姿が理想的であると説明している。

 

図表6

 

このため、現時点で実質賃金が17カ月連続でマイナスであることからすれば、いくらインフレ率が2%を超えているとはいえ、日銀が理想とする「2%物価目標」とは程遠いと言えよう。となれば、少なくとも来年の春闘の結果が賃金に反映されるまでは金融緩和の出口には向かえないということになろう。

永濱 利廣


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。



参考資料(PDFファイル)


【第一生命経済研究所/熊野 英生氏】PDFファイル-エンゲル係数が過去 43 年間で最高域



【総務省統計研究研修所】PDFファイル-明治から続く統計指標:エンゲル係数


 

 

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