都市部だけでなく地方地域においても「ダイバーシティ(多様性)」の重要性が強調される時代に、「日本に住んでいる外国人」からみた政治がどのように見えているのか。
一つの例としてオーストラリア人の率直なお話は、選挙制度・法律・文化の違いはあれど有権者の貴重な一票が社会を創っていることを実感させられます。
(N)2022.4.27
【withnews.jp】
#75#となりの外国人
「票にならない私だけど」日本生活20年の〝外国人〟が見た選挙
「この国に住む当事者として一緒に話したい」
同じように、一緒の国に暮らしているけれど、「選挙に行けない人」たちがいます。様々な国にある、それぞれの選挙事情。衆院選が近づく日本の風景は、隣人たちにどう映っているのか、聞きました。
すっと引っ込められた手
駅に向かっている途中。
駅前広場で、立候補者が日本の未来を訴えかけている言葉が響きます。主張が書かれたビラを、通行人に渡していくスタッフ。その前を通り過ぎようとした瞬間、それまで通行人に差し出していたビラを、スタッフが、すっと、引っ込めました。日本に生活して20年。
人生の半分以上を過ごしてきた国で、いまだにオーストラリア出身のメリ・ジョイスさん(39)は選挙のたびに、「自分はオーディエンスにいない」と感じてしまいます。
田んぼの真ん中で
日本に来たのは高校生の時でした。
「海外で勉強してみたい」と、1年間の交換留学に応募。約100カ国の派遣先から割り当てられたのが、日本の山梨県にある、田んぼに囲まれたまちでした。外国人を見かけないまち。メリさんの姿を見た子どもが泣き出すこともありました。移民が多いメルボルン出身のメリさんにとって、山梨では驚くことばかりでしたが、それでも「素敵な場所だった」。
1年間でゼロから日本語を学び、コミュニケーションには困らないほどになりました。
そんなある日、メリさんは初めて見た日本の「選挙」風景に衝撃を受けました。
投票所に漂う緊張感。
投票に行くかどうか迷っている人たち。
低い投票率。
自分の国の選挙とは、まったく雰囲気が違いました。「投票しないという選択肢があるんだ!」
「楽しいから行く」
オーストラリアでは、18歳以上の有権者は、投票することが「義務」でした。義務なので、投票しないと20豪ドル(約1700円)の罰金もあります。「でも、投票に行かなかった理由(具合が悪かった、政治的な主義・主張のためなど)を説明すれば罰金は免除になるので、『罰金があるから投票に行く』という感じでもありませんでした」
「投票に行くのが当たり前」だったのは、「楽しかったから」とメリさんは言います。
例えば投票所では、「投票したら終わり」ではありませんでした。
投票所になる学校や公民館では、投票日に併せてチャリティーイベントがあったのです。バーベキューが販売されたり、ライブの音楽があったり。収益は、投票所になった学校や、慈善団体に寄付されます。
「最近は、『ソーセージ』が流行っているんです。『投票の義務を果たして、おいしいソーセージをいただこう』って。
#democracysausage というハッシュタグが盛り上がるんですよ」
「明日ここ行く?」
日本は住所ごとに投票所が指定されていますが、オーストラリアではどこでも投票ができます。そのため、おいしいソーセージの情報がSNSで拡散されるほど。「こっちの投票所はケーキ付きだった」
「ここはベジタリアンメニューがある」
「明日ここ行く?」
友人とわいわい相談しながら、投票所に向かいます。
投票所は、地域の人たちが集まって、自然に対話を始める場所。メリさんも、子どものうちから投票所に、「お祭り感覚」で友達と遊びに行っていました。
子どもたちは、小学校の時から模擬選挙で投票の練習もしてきました。
「重い義務で行くというより、楽しいから行く。だから、18歳になると『酒が飲めるぞ!』というノリと同じように、『選挙に行けるぞ』という感じでした」
投票のハードル
投票率が50%になった時、オーストラリアでは、どうしたら投票率を上げられるかと考えて、1924年に「投票の義務化」が導入されました。それ以来、90%を下回ったことはないそうです。「義務」だからこそ、誰でも簡単に投票するための工夫が進み、投票率を押し上げています。買い物や、旅先で、気が付いたときに、最寄りの投票所で投票できるので、「ビーチからの帰り、サーフクラブで、水着を着たまま投票する、なんて人もいます」。
候補者の名前は自分で書かずに、チェックするだけだったり、優先順位を記入するだけ。
目が不自由な人は、電話で投票できます。
移民が多い国なので、30カ国以上で投票の案内が読めます。
「日本の投票は、投票するまでのハードルが高そうだと感じました」
日本の草の根活動、支えたい
メリさんは、山梨からオーストラリアに帰国した後、大学で政治を勉強。「日本語をきちんと勉強したい」と、大学3年生で再び京都に留学しました。そして京都の街中で、国際交流NGO「ピースボート」のポスターを見て、ボランティア通訳として海外を旅する船に乗船したことが人生の岐路になりました。学んだ日本語で、「日本発」の草の根活動を支えながら、世界の情報を日本に届ける仕事がしたいと、ピースボートのスタッフになり、以来、東京で生活し、通訳の仕事と二足わらじを履いてきました。
振り返ると、日本で過ごした時間は、すでに人生の半分以上になりました。
日本の未来に関わるみんな
日本では、「日本国民で満18歳以上」の人に選挙権があります。メリさんのように、どんなに長く日本に住んでも、たとえ生まれてこのかた日本から出たことがなかったとしても、日本国籍がないために、投票できない人たちはいます。それでも、誰でも同じように働き、同じように生活し、同じように税金を払っています。「だから、選挙権がなかったとしても、選挙で決められることや、税金の使い道、日本の未来は、日本に住んでいる人たち誰にとっても関係があること。知りたいことなんです」
街宣活動で訴えられる「日本の未来」。
本当は、まちに住んでいるみんなに関係のあることなのに、「票になる」オーディエンスだけしか見ていない、というなら、悲しいことだと感じます。
「外国人にも参政権を、とか、そういう議論は、切り離した上で」と前置きしたメリさんは、言いました。
「選挙だけが、政治じゃありません」
「選挙に行けない」としても、18歳未満の子どもも、外国籍の人も、同じ社会に暮らしていて、社会に対して思うこともあります。
誰もが自分が大事だと思う分野で、関わっていける形が築けたら。
選挙に行けなくても、一緒に日本の未来を話し合い、一緒に考える一員でありたいなと願います。
「分かり得ない世界です」
ビラを引っ込められた直後、メリさんは電車に乗りながら、やるせない気持ちでツイートしました。≪選挙のたびに思うこと。街を歩いていると、前の人にも後ろの人にもチラシを配るが、私が通りすがるとすぐ手を引いてしまう。票にならない私の政策についての意見はやっぱり関心、関係がない。この「ダイバーシティ」の重要性が強調される時代に、党と候補者の外国人に対するスタンスがよく分かる。≫この投稿には、「そんな現実なんですね。前と後ろの人にはわかりえない世界です」「車いすの私にもくれない」など共感の声が集まり、5000件以上のいいねがつきました。
「観光客だと思われている」とか「日本語のチラシが読めないだろうと思われたのでは」という憶測もありました。「見分けがつけば良いのだけど」とのコメントも。
日本で様々な事情で暮らしている人を「外見」で判断することはできません。
メリさんは、「投票権のない人たちも、同じまちの住民としてみなすこと・政策を知る権利などもかかわってくると思います」と返信しました。
「一緒に楽しく話をしたいです」
筆者は、選挙の話があるたびに、「選挙に行けない」人に、どう話せばいいか迷っていました。メリさんに聞いてみました。選挙の話をされたら、困りませんか?メリさんは「全然困りません。この国に住む当事者として、楽しく一緒に話したいです」と笑います。
投票に悩む友人に「どう思う?」と聞かれると、メリさんは、こう答えているそうです。
「あなたにとってどんなことが重要? 子育て? 気候変動? コロナ? 自分が大切だと思っている分野を重視して選べばいいんじゃないかな」
今後も日本で暮らしていくつもりです。でも、「選挙権」のために、オーストラリアの国籍を捨てる選択は考えられないと言います。
「二重国籍が認められている国の出身だと、アイデンティティを一つに絞るのは抵抗があるんです」
それでもずっと、この国に暮らす一人として、日本の未来は、注視しています。
「もし、せっかく、投票できる権利があるなら、後悔のない社会にするために、1票を使って欲しいです。まずは自分の社会を考える一つのきっかけとして、楽しみながら」
【withnews.jp】
【withnews.jp】より