【RCC】
2022年12月24日
「日本がワールドカップで優勝することに貢献したい」
そう語るのは社会人サッカークラブの福山シティFCを率いた小谷野拓夢監督24歳です。日本サッカー界では異例のキャリアを積みながら、人生をかけて福山の街にスポーツ文化の土台を築いてきた彼の3年間に密着しました。
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12月3日に開催された福山シティFCのファン感謝祭。
将来、Jリーグ入りを目指している社会人サッカークラブを3年間率いてきたのが小谷野拓夢さんです。この日が福山シティの監督として最後の1日でした。
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小谷野拓夢監督
「僕は次も誰もやったことのない未知なるチャレンジをしたいと思っています。そしていつか必ず日本サッカーが世界のトップに君臨することを実現させてみたい」
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小谷野監督が、福山で経験したこと、そして残したものとは…
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2020年。
大卒1年目の22歳で監督就任。
大半の選手が年上という環境でしたが、試合の正装が福山デニムパンツという指揮官はJ1から数えて6番目の広島県リーグに所属する福山シティを天皇杯でベスト6に導き、1年目から注目されました。
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小谷野拓夢監督
「(なぜ監督に?)誰もやったことのない挑戦だったっていうのが1番大きいですかね。日本で初めてだと思うんですよね、大卒で社会人チームの監督をやるっていうのが」
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1997年茨城県生まれ。4歳からサッカーを始め夢はアントラーズの選手になることでした。
茨城・鹿島学園高校ではワールドカップ・カタール大会で日の丸を背負った上田綺世と一緒にプレー。ただ2年生のときに転機が訪れました。スペイン遠征で、海外と日本のサッカーを取り巻く環境の差を目の当たりにした小谷野監督。厳しすぎる上下関係や理不尽な指導法などが日本サッカーの潜在的な問題だと感じ、夢が指導者に変わります。
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石川・北陸大3年で学生コーチへ転身。その後の就職先としてJクラブからコーチの話もありましたが、大卒22歳で福山シティFCの監督となりました。周囲からは反対の声もあったといいますが、「監督」経験を重要視しました。
小谷野拓夢監督
「シンプルに学ぶことが好きなんですよね。だから将来的にはサッカーを研究したいなと思ったりするぐらい、サッカーを学ぶのも好きだし、(読んだ本は)論文を合わせると1000はいっているかもしれません。ヨーロッパでいま何が行われているのかっていうのを考えて、でそこのいい部分と悪い部分を自分なりに分析して。日本の文化で育ってきた選手たちに1番いいやり方を、オリジナルで作っていくっていうことをいまチャレンジしていますね」
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Q監督の名前の由来って何ですか?
「名前の由来は、親が夢を切り拓くという意味でつけました」
Q今の監督の夢って何です?
「いまの夢ですか?この何もスポーツが根付いてない福山に、福山シティが新たなシンボルとなって、サッカー文化が根付くってことが直近の夢ですかね」
Q人生の夢ってありますか?
「人生の夢は、いつか日本がワールドカップで優勝することに貢献することが1つの夢ではありますね。今年に入ってから1回も遊んでないです、友達と。遊ぶのはいつでもできますからね。別に40、50になっても遊べるじゃないですか。22歳で監督やるのは今しかできないので。時折思いますよ。練習終わるじゃないですか。練習終わったら(昼の)12時くらいで、そのまま事務所に行って夜の10時11時くらいまで作業するんですよ。一人暮らしの家に帰るんですけどそれを365日やっている。なんなんだろうな。俺サッカーオタクだな」
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「『何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはならない』という言葉を中学校の恩師が言っていたんですよ。それはずっと思っています。やりたいことをあれもこれも全部やっていたら目標達成とか出来ない」迎えた2年目。23歳の小谷野監督は長年、日本サッカー界が抱える課題とも戦っていました。
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