戦争は弱者を追い詰めてしまう。
英国がウクライナへの提供を明らかにした劣化ウラン弾
【朝日新聞】
2023年3月25日
2001年1月、北大西洋条約機構(NATO)の空爆で破壊された旧ユーゴスラビア軍の戦車の近くで遊ぶ子ども。若い兵士にがんが見つかったとの報告が相次ぎ、懸念が高まった。米軍は大量の劣化ウラン弾を使った=ロイター
ロシアによるウクライナ侵攻をめぐり、英国がウクライナへの提供を明らかにした劣化ウラン弾は、戦車などの装甲板を貫通させる徹甲弾などに使われる。過去の戦闘で用いられた際、健康被害との関連を疑われてきた兵器だが、実は日本でも使われたことがあった。
ウランを濃縮する時の副産物である劣化ウランは、硬くて重いため、弾芯に使うことで破壊力が高まる。核分裂しやすいウラン235の濃度は低いが、わずかながら放射能を帯びている。自衛隊は安全などを考慮し、希少金属のタングステンを使っている。
米軍は1991年の湾岸戦争などで劣化ウラン弾を使った。当時、健康被害を訴えた米軍兵士がいたが、米大統領の諮問機関、湾岸戦争復員軍人疾病諮問委員会は1997年1月、「復員軍人の病気の原因が、劣化ウランにさらされたためだとは考えにくい」という最終報告書を提出した。
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【東洋経済】
2023/05/16
ウクライナに「ウラン弾」供与、英国の重大責任放射能汚染で「イラク戦争の悲劇」再現も
イギリス政府が主力戦車「チャレンジャー2」とともにウクライナに供与する軍事物資に劣化ウラン弾が含まれていることが、BBCなどの報道によって明らかになった。ロシアは反発を強めており、対抗策として核兵器の使用も辞さないとの姿勢を示している。
砲弾の原料である劣化ウランは、核兵器の製造や原子力発電で使われる濃縮ウランを作り出す過程で発生する放射性廃棄物。その劣化ウランを”有効利用”と称して兵器に使用したのが劣化ウラン弾だ。
劣化ウランの大部分を占めるウラン238は核分裂しにくいが、標的に当たると高温で燃焼して放射性微粒子となって拡散する。そのため、体内に取り込まれて内部被曝を引き起こすなど、人体や環境への悪影響が指摘されている。
5月19日から開催されるG7広島サミットで核不拡散が議題になる中、劣化ウラン弾の使用を問題視する市民グループは「ウクライナの大地を、劣化ウラン弾で汚染させるな」との署名を呼びかけている。集まった署名は岸田文雄首相やG7首脳らに届ける予定だ。
戦車の装甲を貫通する威力
署名を呼びかけているのは、「劣化ウラン弾の使用に反対する市民ネットワーク」。呼びかけ人の一人である「ウラン兵器禁止を求める国際連合」(ICBUW)の嘉指(かざし)信雄運営委員(神戸大学名誉教授)は、「イラクやボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボなどと同じように、ウクライナでも深刻な被害が生じかねない」と危惧する。
「湾岸戦争を皮切りに大量の劣化ウラン弾が使用されたイラクでは、がんや先天性異常を含め、重篤な病気が増えたと報告されている。悲劇をウクライナで繰り返してはいけない」と嘉指氏は訴える。
劣化ウランは1990年の湾岸戦争で初めて使用された。アメリカ軍が用い、イラク軍に壊滅的な損害を与えた。鉄の2.5倍の比重があるため劣化ウランを用いた砲弾は貫通力が高く、イラク軍の戦車の装甲を簡単に破壊した。
だが、命中した際に劣化ウランは高温で燃焼し、酸化ウランの微粒子となって周囲に拡散する。体内に取り込んだ場合、内部被曝の危険性が高まるとともに、重金属としてのウランの化学的毒性が健康被害を及ぼすと指摘されている。
イラクでは湾岸戦争やその後の2003年に始まったイラク戦争で、アメリカ軍やイギリス軍によって劣化ウラン弾が大量に使用された。爆発時に発生する黒煙には、酸化ウランの微粒子が含まれており、イラク軍の兵士のみならず、従軍したアメリカ軍やイギリス軍の兵士も危険にさらされた。
破壊された戦車などの残骸は長期間にわたってイラク各地に放置され、劣化ウランの危険性は周知されなかった。砲弾などの破片は戦場となったイラクの国土に今も埋まったままで放射線を出し続けている。
ボランティア団体に所属し、イラクでの医療支援活動に従事した佐藤真紀氏(国際協力アドバイザー、Team Beko代表)は編著書『ヒバクシャになったイラク帰還兵――劣化ウラン弾の被害を告発する』(2006年、大月書店刊)の中で、イラク戦争時の2003年にアメリカ軍の輸送部隊のトラック運転手としてイラクに派遣され、物資運搬の任務にたずさわった男性兵士の体験を詳しく記述している。
健康被害の訴えも「原因不明」扱い
同著では、男性が戦争で破壊された戦車やトラックの残骸をキャンプに運んで使えそうな金属だけを仕分けした後、残りを積んで「戦車の墓場」と呼ばれる場所に運んで捨てたことや、焼け付くような暑さの中、シャツやズボンに手袋を着けただけで戦車や大砲の解体・回収作業をしたことなどが記されている。劣化ウラン弾によって破壊されたものがあることについては男性を含む兵士は誰一人として知らず、危険回避のためにマスクを着けることも考えなかったという。
男性は運搬作業を始めてわずか6日後、顔の右半分が膨れ上がるなどの異変が生じ、激しい偏頭痛や排尿時に焼けるような痛みに見舞われた。そして視覚異常も生じ、陸軍は障害年金の支給を認めたが、原因は「不明」とされたままだった。帰国直後に生まれた娘は、指のうち2本が通常より短かった。
障害をもって娘が生まれた頃、アメリカではニューヨーク州の地方紙で「イラク帰還部隊からアメリカ軍兵器の劣化ウランが検出された」とのスクープ記事が報道された。紙面では、イラクのサマワにいた9人の兵士が検査を受け、そのうち4人が劣化ウラン弾による放射性の粉末を吸入して被曝したことは『ほぼ確実』だという、核医学専門家グループのコメントが掲載された。
前出の男性も尿検査を受けたところ、比較対象とするために提出された新聞記者2人の尿と比べて、そこに含まれるウラン同位体の量が4~8倍に達していた。分析を担当したドイツ人の教授は「男性の尿から検出された劣化ウランの量からすると、(呼吸により取り込まれた)肺の中の濃度は1000倍高い可能性もある」と言い切った。
劣化ウラン弾自体は“通常兵器”とされ、アメリカ軍やイギリス軍はその危険性を明確に認めてこなかった。戦争で劣化ウラン弾を使ったことは認めた一方、「健康に影響を及ぼすような量ではない」などとして、健康被害との因果関係を否定し続けてきた。
湾岸戦争やイラク戦争では油田の破壊などにより、さまざまな化学物質で環境が汚染されたことや、経済制裁で医療体制に深刻な影響が出たこともあり、劣化ウランによる被害とそれ以外の被害を見分けること自体が困難だった。
被害を抑止するための日本の役割
イラクなどで戦争被害を取材してきたフォトジャーナリストの豊田直巳氏も、署名の呼びかけ人に名前を連ねた。豊田氏はイラクの小児病院で白血病やがんに罹患した子どもを取材し、ヨーロッパ連合(EU)議会やフィンランド議会などで「ウラン兵器の人的被害」をテーマとした写真展を開催した。
アメリカでは退役軍人たちがウラン兵器の廃絶に向けて運動を起こし、2007年3月にはベルギー議会の本会議で「劣化ウラン弾禁止法案」が全会一致で可決された。2008年5月にはEU議会が「(劣化)ウラン兵器およびその人々の健康と環境への影響に関するEU議会決議」を採択。ICBUWなどが決議案採択に大きな影響力を発揮した。
国際連合でも「劣化ウランを含有する武器・弾薬の影響について調査を求める決議案」が2007年12月に採択され、日本も賛成票を投じた(アメリカやイギリスは反対、ロシアは棄権)。その後、国連決議は、2022年までに数回採択されている。ただ、クラスター爆弾や対人地雷のように使用を禁止する国際条約の制定は実現していない。
そうした中で今回、イギリスからウクライナへの供与が新たに問題になっている。
劣化ウラン弾は核兵器ではないものの、放射能汚染を引き起こす危険性を持つ。人権NGOヒューマンライツ・ナウの伊藤和子副理事長は、「『自然環境に対して広範、長期的かつ深刻な損害を与えることが予測される戦闘の方法および手段を用いることは禁止する』と定めた、ジュネーブ条約第1追加議定書」の条文にも反する」と指摘する。劣化ウラン弾が大量に使用された場合、ウクライナの復興にも重大な支障をもたらしかねない。
「唯一の戦争被爆国」を自認し、「核兵器なき世界」を目指す日本政府は、イギリスに供与撤回を求めることを含めて、今こそ劣化ウラン弾禁止に向けて働きかけを強めるべき時だ。