菅茶山の足跡を訪ねて(7)廉塾規約
「読書をする人が各々行儀を正すことは勿論のこと、日々読み聞いたことの根本がすべてそこに通ずる」という一条を筆頭に、廉塾で学ぶ塾生が守るべき規則をまとめたものが「廉塾規約」です。
規約には、他にも(2)授業に出られないときは、理由を申し出ること(4)授業中に互いに笑ったり睨んだり居眠りしないこと(8)挨拶を丁寧にし、互いに好ましくない言葉を使わないこと(11)読書に飽きたといって、立ち騒いだり相撲を取らないこと(12)後輩や年若い者をいたわり、行儀を教え、仮にもいじめたり冷やかしたりしないこと(15)毎日掃除することはもちろん、月に大掃除をし、書物や硯、筆、傘などを整理すること(19)平生歩く時に走り回らないこと㉔塾生同士で金の貸し借りを行わないこと、といったように、現在の学校の校則にも共通するような細かいルールが定められていました(番号は規約の項番)。
廉塾は社会が安定し、文書を通じた行政が一般化した江戸時代にあって、文字を読み、書き、算盤(計算)という実用的な学問を学びたいという市井の教育要望に答えた私塾が始まりです。儒学者にして当代随一の漢詩人である菅茶山が塾を開いたことから、全国から塾生が集まり、のちに福山藩の「郷校」となり、公的な学問所としての役割をはたします。学費の払えない塾生にも、塾の仕事を手伝わせることで就学の機会を認めていました。多様な出自を持つ塾生が、同じ塾で心地よく学ぶためには、このような規則を定めることが必要であったのです。
菅茶山が廉塾の教育を通して人を育ててきたことを念頭に冒頭の一文を再度見直すと、塾生各自がルールを守ることはもちろん、廉塾において学んだ塾生たちが行儀を正し、その意識が伝播することで、社会全体をより良くしたいという茶山の理念が感じられます。行儀よく真面目に、誰もが平等に授業が受けられる学校がいいですね。
「廉塾規約」(一部)
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