【bintoco】
2023.12.13
2011年4月に開学した福山市立大学には、教育学部と都市経営学部の2学部があります。
定員は両学部合わせて250名。2023年3月には9期生が卒業し、合わせて約2,200人がこの大学を巣立っていきました。
その卒業生たちをつないでいる組織が福山市立大学同窓会です。
2023年11月11日(土)、大学祭(港輝祭)の日程に合わせて、卒業生たちのトークセッションが開かれました。20代から30代の若者たちは、どのような思いでこのイベントを企画したのでしょうか。
ゼロから大学を作っていった若者たちと、彼らを支えてきた先生たちの思いを聞いてきました。
記載されている内容は、2023年12月記事掲載時の情報です。現在の情報とは異なる場合がございますので、ご了承ください。
目次
同窓会役員たちの思い
2011年4月、福山市立大学が開学しました。次代の担い手となる子どもたちに向き合う人材を養成する教育学部児童教育学科と、総合的な視座からまちづくりを見つめられる人材を養成する都市経営学部都市経営学科、2学部2学科の大学です。
先輩もいなければ学生組織も何もない新設大学に入学した学生たちは、サークルや大学祭実行委員会などを自ら組織し、一つずつ行事を作っていきました。学生たちの前にあったのは「初めて」のことばかり。手探りで進んだ学生たちはまさに「開拓者」でした。
そして、2期生、3期生、4期生と学生が増えていくにつれて、サークルの数も増え実行委員会なども充実し、大学らしく整っていきました。
2015年3月に卒業した1期生たちが次に作ったのは、同窓会です。
1期生で同窓会会長の原田珠実(はらだ たまみ)さんと、6期生で同窓会理事の西谷天(にしたに てん)さんに話を聞きました。
今回のトークセッションの企画意図を聞かせてください。
原田(敬称略)
来年(2024年)に迎える同窓会設立10周年を盛り上げるために企画しました。
福山市立大学同窓会ができたのは私たち1期生が卒業した2015年です。以来2年に1回、同窓会総会を開催しています。
今回は総会とトークセッションの2本立てで、卒業生たちが交流できる場を設けました。
西谷(敬称略)
卒業して福山を離れる人が多いので、卒業生同士が顔を合わせる機会はめったにありません。そのため、同窓会総会を大学祭に合わせて開催しています。総会だけのために遠方から来るのは大変ですが、大学祭に顔を出すというもうひとつの目的があれば卒業生たちも訪れやすいのではないでしょうか。
久しぶりに母校や福山を訪れるきっかけにしてもらえたらと思っています。
たしかに、行事も楽しめるほうが集まりやすいですね。トークセッションはこれまでにも企画しているのですか。
原田
4年前(2019年)にも当時の学長と、私たち同窓会役員との思い出話対談という形で大学祭に合わせて開催しました。今回は役員に限定せず、卒業生の中からいろいろな職種の人に声をかけ、パネリストとして4人に集まってもらいました。
原田さんがずっと会長を?
原田
はい。2015年の卒業以来、2年に1回の役員改正をしながら、会長を務めています。
同窓会の具体的な活動内容を教えてください。
原田
総会のほか、2月には卒業生による就職相談会を実施しています。就職活動直前の学生たちに向けて、卒業生が就職活動や公務員試験のこと、教員採用試験のことなどについて話しています。
これから就職活動をする学生たちにとって、先輩のリアルな話を聞く機会はありがたいですね。同窓会の活動を通して卒業生同士のつながりもできているのでしょうか。
原田
それぞれにつながりはあるものの、大きなつながりは難しいですね。
しかし、同窓会を通して、あるゼミでは1期〜7期生の卒業生が縦につながることができたということがありました。
このように、学年を超えて卒業生をつなぐことができる唯一の団体でもあると思っているので、魅力的な組織にしていきたいと思っています。
なるほど。「大きなつながりが難しい」というのは、福山を離れている人が多いからですか。
西谷
それもありますが、卒業後は年々知っている後輩や先生が減っていきます。福山を訪れる機会の減少が、同窓会の活動自体にも影響しています。
また、僕たちは20代、1期生ですらようやく30代で仕事やプライベートも忙しい年代なので、同窓会活動に多くの時間を割くわけにはいきません。
ですから、少ない頻度にはなりますが定期的な活動を続けていければと考えています。
原田
同窓会の一番の課題は、役員たちも無理なく続けていける組織にすることです。
私たちは学生時代、ゼロから1を作るために多くの時間と情熱を注ぎました。その仲間たちとのつながりはずっと大切にしたいと思っています。
一方で、今はそれぞれに仕事があり家庭もある、それでも大学や同窓会のために何かしたいという思いもある、そこをうまくまとめられる組織にしたいですね。
新型コロナウイルス感染症の流行で、同窓会の活動が止まった時期もありました。そのときに感じたのは、やはり同窓会として卒業生が交流できる場を提供し続ける必要があることです。2年に1回の総会で卒業生が集まれる機会を定着させれば、今回は無理でも次は参加しようとか、そんなふうに思ってもらえるのではと考えています。
トークセッション「多様な道 福山市立大学を卒業してから」
同窓会役員たちの思いが詰まったトークセッションには、パネリストの卒業生4人と初年度から学生たちを支え続けた2人の先生がファシリテーターとして集まりました。
テーマ1 卒業してから現在までの仕事内容ややりがい
教育学部1期生 藤本泰成(ふじもと たいせい)さん
在学中は教育サークル「Stella」を立ち上げ、公民館で勉強を教えたり小学校の実地体験に毎週参加したりと積極的に教育に取り組みました。
藤本さんは、卒業後すぐに小学校教諭として採用され、神石高原町で4年間勤務しました。最初の担任は13人ほどの小さな学級でしたが、教員の仕事は想像以上に大変だったようです。
周りの先生たちに助けられ、4年間多くのことを学んだあと、福山市内の小学校に勤務して5年目となった藤本さん。現在はこの4月に生まれた第1子のために育児休業を取っています。
やりがいは子どもたちの笑顔、何かができて「うれしい」ときの笑顔、だそうです。
この日も午前中に福山市の陸上記録会に顔を出し、100m走のタイムを縮めたいと何度も練習を繰り返していた児童が大きく記録を更新した、素晴らしい笑顔の瞬間を見届けてからの参加でした。
教育学部1期生 高畑桜(こうはた さくら)さん
大学ではアイドル模倣ダンスサークル「FCU48」に所属し、ダンスで学内外のイベントを盛り上げました。
広島市で小学校の教員になったものの、3年目の秋に限界を感じて休職。そのときようやく両親に、自分の恋愛対象が女性であることをカミングアウトしたそうです。
悩み続けたことを受け止めてもらった高畑さんは、このままの自分でいいんだと思えるようになりました。教員をやめ、「ここいろhiroshima」という団体を立ち上げたのは、性のことで悩んでいる子どもたちと保護者のための居場所を提供し、啓発活動をおこなうためです。神石高原町の地域おこし協力隊にも参加して、過疎地域での子育て支援をして5年間過ごします。
2023年4月からは再び広島市に移り、大切なパートナーと生活しながら、2024年1月のここいろhiroshima法人化に向けて活動中です。
長い間、未来の自分の姿が想像できずに苦しんだ高畑さんは、子どもたちから「さーちゃん(高畑さんの愛称)みたいな大人になりたい」と言ってもらったときは、本当にうれしかったそうです。
教育だけではなくまちづくりにもかかわっている高畑さんは、都市経営学部でも講義を担当したことがあり、在籍していた学部の垣根を越えて活躍しています。
都市経営学部1期生 小森弘幹(こもり ひろもと)さん
軽音楽サークルを立ち上げたほか、オープンキャンパスワーキンググループや大学祭実行委員会などにも参加して、充実した学生生活を送りました。
大学でさまざまな経験をした小森さんが選んだ就職先は、さまざまな業界を見られる人材紹介会社でした。しかし上司との相性が悪く、仕事がつらかったため、オークションサイトで購入した品物を別のサイトで販売する副業を始めます。
1か月に5万円くらい稼げるようになったのを機に、退職してフリーランスになりました。
海外のサイトから商品を購入して売るようになり、直接買い付けに行こうと思った矢先に、新型コロナウイルス感染症のため渡航できなくなってしまいました。
積極的に動けない間に、自分が何をやりたいのかをあらためて考えたとき目に留まったのが、流行りのゲームアプリやアニメでした。こんな作品を作ったと言える生き方をしたいと思い、プログラミングを勉強して、スタンダードなアプリなら作れるようになったのが28歳のときだったそうです。
しかし、どんなにいいものを作ってもブランド力がないうちは売れません。そこで、YouTubeでの配信を始めます。
今では登録者数6万人超、最大視聴回数1,200万回以上になりました。これからは、この収入をゲーム開発に回す予定とのことです。
自分がゼロから作ったものを評価してもらっていることがやりがいだと、小森さんは語りました。
都市経営学部6期生 粕谷竹寿(かすや たけひさ)さん
6期生の自分は、先輩がたが作ってくださった礎(いしずえ)に乗っかっていましたね。コーラスサークルに参加したほか、学生が作るフリーペーパー「FOLKLORE(フォークロア)」の3代目代表を務めました。1年休学してフィリピンへの語学留学も経験しました。
1期生たちの話に驚きを隠せなかった6期生の粕谷さん。大学の基礎を作ってきた1期生たちだからこそ、今のようにキャリアを考え、社会を動かす仕事をしているのだと感動したようすでした。
粕谷さんは現在、機械メーカーの営業職として働いています。
やりがいを感じるのは、お客様に「こちらのほうが安く済みますよ」とか「こちらのほうが簡単にできます」といった提案ができたとき。とはいえ、まだ3年目なので、できないことや叱られることのほうが多いそうです。
まずは今の会社で一人前になれるよう頑張りたい、海外支店での営業もしてみたい、と語りました。
都市経営学部 岡辺重雄(おかべ しげお)教授
専門は都市計画学。まちと学生の橋渡し役として、スターハウス改修プロジェクトや山野町の古民家再生など、授業やゼミを越えた学びを支えています。
岡辺先生は、自身の20代30代の転職経験を話してくれました。
そして、卒業生に向け「この大学だからこそこういう人たちを輩出できた。教えたこと以上に、さまざまなことを学んで多様性の中で生きていける能力を身につけてくれている。これからも頑張って」と賛辞と激励を送りました。
教育学部 高澤健司(たかさわ けんじ)准教授
専門は青年心理学。2009年、更地だった場所に大学を作るところからかかわってきました。よく学生たちの相談に乗っています。
高澤先生はしみじみと、本当に学生に恵まれてきた、と語ります。卒業生たちが一生懸命に大学の基礎を作ってきたからこそ、新型コロナウイルス感染症の影響で一度は途絶えた大学祭もまた開催できるようになりました。
大企業も安泰ではなくなり、どういう社会でどういうふうに生きていきたいのかを問う時代になってきている、と話しました。
テーマ2 大学同窓会への要望
藤本さんは教育の勉強一筋だった学生時代を振り返り、もっといろいろなことを経験しておけばよかったと語ります。卒業生が現役の学生に、社会のことを伝える機会があるといいと提案しました。
高畑さんからの「先生たちは1期生をどんなふうに見ていたのか」との質問に、「1期生は『一緒に頑張ってきた人たち』」と答えたのは高澤先生です。開学当時30代半ばだった高澤先生は、1期生を送り出したことで「普通の大学」になったのかなと思ったそうです。
「何もないところからいろいろなものを作った1期生、2期生たちは、社会でその経験を役立てている」と岡辺先生も答えます。
2人の言葉に高畑さんは「新しいものを作るときには空白があるほうがいろいろなものができやすい」と返しました。大学や社会にはもっと「空白」が必要なのかもしれません。
小森さんと粕谷さんの要望は、「同窓会を開いてほしい」。
また、大学は学生にお金を稼ぐ機会を提供してほしい、自分たちに何が必要かと問いかけて何かを生み出すような挑戦をさせてほしい、と伝えてくれました。
新型コロナウイルス感染症の影響で、福山市立大学でも授業のオンライン化を進めました。
しかし高澤先生は「誰と学ぶかが重要。大学の意義は、一緒に学ぶ人がいること。一緒に都市経営や教育・保育について考え、話し合いながら学んだ人たちが、卒業してもつながりを持ち楽しく学び続けるための同窓会であってもよいのでは」と語ります。
岡辺先生は「大学とは学問をするところだ、学んだら問いを立てよ、という人もいるけれど、本当の問いは社会人にならないと立たない。地に足がついた問いは社会で生まれる。『どういう社会を作りたいか』を問いながら世の中を作ってほしい」とイベントを結びました。
大学と卒業生たちのこれからに注目
福山市立大学が開学してから2023年で13年目となりました。
2024年春には10回目の卒業生を輩出し、2024年度には新キャンパスが竣工予定。
そして3つめの学部である「情報工学部(仮称)」の2027年度の新設に向けた検討が開始されているそうです。
ゼロからスタートした大学に集まってきた若者たちは、稀有(けう)な経験をしながら自分たちで大学の歴史を作ってきました。また、その経験があるからこそ、同窓会を「無理なく続けられる仕組み」にしようとしています。
「どういう社会でどういうふうに生きたいのか」。
今を生きる私たちに、あらためて必要な問いかもしれません。
これから卒業生たちがどのような生き方を見せてくれるのか、またこの大学がどのように発展していくのか、これからも注目し応援したいと思います。
福山市立大学同窓会トークセッションのデータ
名前 | 福山市立大学同窓会トークセッション |
---|---|
期日 | 2023年11月11日(土)午後2時45分~午後3時45分 |
場所 | 福山市港町2丁目19番1号 |
参加費用(税込) |
|