今春、広島県は「これからの10年でユニコーンのように世界に大きく羽ばたく企業を10社生みだす」とのプロジェクトを発表した。
この「ひろしまユニコーン10」の発動は、なぜ、いまだったのか。そして、なぜ、発動することができたのか。湯﨑英彦知事へのインタビューで探る。


いま、日本人の価値観は変容しているのではないか。自身が属する地域やコミュニティをよりいい方向へと動かし、絆を深めることに価値を見いだすようになった。他者や地球環境を一顧だにしない経済的価値の追求ではなく、持続可能な社会的価値を生み出そうとする人間が増えている。

そうしたなか、多種多様な社会的価値を創出することがそもそもの使命とされてきた行政組織は、いかなる自己変革を遂げ、新たな施策を打ち出しているのか。あらゆる組織は価値を生むことでのみ、自らの存在価値を証明できる。

なぜ、いま「ひろしまユニコーン10」が必要なのか

2020年3月16日、東京で開催された「ひろしまユニコーン10」の記者発表では東京大学大学院の各務茂夫教授とのトークセッションも行われた。

広島県が3月16日に発表・始動させた新しいプロジェクト「ひろしまユニコーン10」。結論から言うなら、いま、地方の行政組織が打ち出せる施策としては、最上級にチャレンジングな取り組みだ。

「岸田首相は、年頭記者会見で『戦後の創業期に次ぐ日本の第2創業期を実現するため、本年をスタートアップ創出元年とする』と述べられました。6月までに『スタートアップ5か年計画』を策定する考えも示されています。3月11日には、経団連が(現在10社程度の)ユニコーン企業を2027年までに100社に増やすという意欲的な目標を掲げました。『ひろしまユニコーン10』は、今後の10年で広島から世界に羽ばたき成長するユニコーンのような企業を10社創出しようとするプロジェクトです」

そう語るのは、自身が生まれ育った広島県で2009年から知事の任務に就いている湯﨑英彦だ。彼は、東京大学法学部、通商産業省(現・経済産業省)、スタンフォード大学ビジネススクールを経て、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルに出向後、退官。そして、日本がIT創成期を迎えていた2000年にアッカ・ネットワークスを立ち上げ、インターネット基盤の確立に貢献する同社の副社長として経営の手腕を振るってきた。官の現場を知り、民においてはVCとITの業界に身を投じたことにより、「ベンチャーへの投資」と「ベンチャーの上場」というふたつの局面を自ら体験している。

広島県のプロジェクトは、国や経団連と歩調を合わせるかのようなタイミングでの発表となったが、地元・広島1区選出の岸田首相と事前に協議したわけではないという。なぜ、「ひろしまユニコーン10」は、いまのタイミングで自律的に始動したのか。

総額100億円をかけて広島県が用意した10のサポートメニューがこちら。「環境エネルギー分野」「健康医療関連」は、これまでにも広島県が注力してきた産業分野だが、今回のプロジェクトによってさらなるブーストをかけていく。

「それは、これまでに広島県がイノベーション・エコシステムの形成を目指して奮闘してきた歴史があるからです。そのひとつが、みんなで集まり、つくってはならし、創作を繰り返す砂場のように試行錯誤ができる『ひろしまサンドボックス』。県内外の企業や大学などの多様なプレイヤーが集まってコンソーシアムを形成し、デジタルテクノロジーを駆使しながら地域課題の解決に向けてオープンイノベーション型で共創する実証実験の場です。18年以降、108件のプロジェクトが県内各地で進行してきました。また、ユニコーン企業の数が世界で3番目に多いベンチャー大国のインドにおいて最大級のスタートアップ・インキュベーション施設『T-Hub』と日本の自治体としては初のパートナーシップを締結し、共同ワークショップ・プログラムを開催してきたという経緯もあります。さらには、一橋大学イノベーション研究センター名誉教授の米倉誠一郎氏が代表理事を務めるCreative Responseとの共同事業で、社会的課題をイノベーションで解決する人材の育成を目指す『ソーシャル・イノベーション・スクール in 広島』を3期にわたって開校してきました。ほかにもこれまでに数々の施策を積み重ねてきたことにより、『ひろしまユニコーン10』への道筋ができたということです」

広島県内の各地をイノベーションに向けた実証実験の場にする「ひろしまサンドボックス」では、参加企業や大学のメンバーが一様に驚いていることがあるという。それは、実証実験が行われた地元の人々の熱量の高さである。特に県外から参加した企業や大学の関係者から「イノベーションに向けた取り組みに対して、これほど熱心で協力的な人々をほかに知らない」といった感想の声が聞かれたそうだ。事業のブレイクスルーを目指す日々のなかで、広島県民の熱量が刺激および励みになったという。

「広島は、明治時代から日本で最も多くハワイやブラジルなどへの移民を送り出してきた県です。また、戦後の焼け野原から立ち上がり、いまではナンバー1、オンリー1と称されている企業の数々を生み出し、育ててきました。新たな地平を目指すこと、ゼロからチャレンジすることは、私たちが受け継いできた文化なのです」

挑戦することが当たり前の土壌・文化をさらに発展的に継承していくために、いまこそ広島県からユニコーンのように羽ばたく企業を生み出すとき。誰かの挑戦が、ほかの誰かの挑戦への着火剤となる。ついに広島のイノベーション・エコシステムが力強く回り始めるフェーズが訪れたのである。

プロジェクトを可能にするものとは何か

挑戦することが当たり前の土壌・文化を発展的に継承していくためには、挑戦しやすい環境が必須だ。10年で10社を生むために、「ひろしまユニコーン10」には10のサポートメニューが用意されている。

「『ひろしまユニコーン10』ではスタートアップはもちろん、企業内で新事業にチャレンジしてカーブアウトを志す人だったり、アトツギベンチャーも支援していきます。10のサポートメニューを揃えたことで、それぞれの成長フェーズに合わせたサポートを提供できるのが強みです。例えば、社会課題を解決したい人、アセットを活用したい人、仲間を求める人などが24時間365日、意中の誰かとつながれるシステムを新しくオンライン上に構築します。これは、メニュー1の『パートナー探しをアシスト!』であり、主にシード期よりも前段階からのオープンイノベーションのサポートメニューとなります。事業計画が固まってきたら、資金調達の機会を創出するメニュー5『資金獲得に向けた発信をアシスト!』を利用ください。県が有する全国のコミュニティとの連携を活用し、特に首都圏のVCなどに向けた発信のサポートに重点的に取り組みます」

湯﨑知事に「10のサポートメニューのなかでも、知事の肝いりは?」と聞いたところ、「それは、最終的にはメニュー10の『スタートアップフレンドリー!』へと帰結するでしょう。すなわち、職員たちの情熱です」との返答だった。このメニュー10は、スタートアップの活動を全力で応援する知事および県庁職員の心構えと態度を指している。

知事が09年に就任して最初に指揮したことのひとつ。それは県庁の全職員が胸に刻むべき「私たちの価値観と行動指針」を定めることだった。

○私たちは、広島県を愛し、誇りを持ちます。

○私たちは、県民のために存在します。

○私たちは、高い志と責任感を持って誠実に行動します。

○私たちは、率直かつ積極的に対話します。

○私たちは、現実を直視し、変化に対応します。

○私たちは、変革を追求し続けます。

○私たちは、成果にこだわり続けます。

いま、7つの価値観と行動指針は揺るぎないものとして職員に浸透している。そして、これまでの自己変革のあらゆる道程と成果が『ひろしまユニコーン10』に帰結している。予算志向ではなく、成果志向の行政経営が実を結んでいるのだ。

ひろしま ユニコーン10
https://hiroshima-sandbox.jp/unicorn10/


湯﨑英彦(ゆざき・ひでひこ)◎1965年、広島県生まれ。90年4月に通商産業省に入省、2000年3月に退官。同年、アッカ・ネットワークスを設立し、代表取締役副社長に就任。08年3月、同社取締役を退任。09年11月より現職。現在、4期目。

Promoted by 広島県 / text by Kiyoto Kuniryo / photographs by Shuji Goto / edit by Akashi Yasumasa