【logmi】
2022年08月05日
イタリア・トスカーナ州の沖合の海底には、数十体の大理石の彫刻が沈んでいます。またオーストラリアのグレート・バリア・リーフには、多数のアート作品が展示された海中美術館があります。これらの作品は、なぜ人目につきにくい海中に置かれているのでしょうか。今回のYouTubeのサイエンス系動画チャンネル「SciShow」では、「海中アートインスタレーション」の謎に迫ります。
沈没船が魚に与えるメリットとデメリット
マイケル・アランダ:沈没船は、海の不死鳥と言えるのではないでしょうか。命を終えた船体から、新たな海の命が誕生するからです。
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研究が進むにつれ、沈没船は海の生き物たち、特にある絶滅危惧種の魚にとっての楽園であることがわかりました。しかし、海中に放置された船体は危険でもあるため、魚の住み処を提供する新たな手段として、海中に「アートインスタレーション」を沈めるなどの試みが進んでいます。
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世界各地で難所とされる海域の海底には、数多くの沈没船が眠っており「船の墓場」などと呼ばれています。
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大西洋に生息するシロワニや、地中海のダスキーグルーパーなどの魚は、突如海底に出現する沈没船により、良くも悪くも大きな影響を受けます。沈没船は、海の生態系に絶妙になじんでその住み処となっており、研究により、沈没船の周辺は他の海域よりも生物多様性が豊かなことがわかっています。
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地中海を代表する魚・ダスキーグルーパーは、現在は絶滅危惧種ですが、漁獲網からの避難所として沈没船を活用するなどして、その多様性にうまく溶け込んでいます。また、産卵場所として毎年同じ場所に戻ってくる習性があり、沈没船は繰り返し帰還して繁殖できるうってつけの場所となっています。
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沈没船は悪い影響を及ぼすこともあります。海洋生物にとって有害な物質を積載していることがあるからです。地中海のある沈没船の周辺では、海底土壌から高い値のヒ素が検出されました。また電気推進システムを搭載した船舶からは、変圧器などの電力機器から周辺海域へ有毒な溶液が流出する危険もあります。
こうした化学物質による汚染は、船舶が沈没してから数十年経った後でも海の生態系から検出されることがあります。
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武器や自動車などの積載物や、船舶そのものが錆びて海中で分解されることでも、魚が住み処としている海中に成分が流出してしまいます。2017年に地中海で行われた調査によりますと、沈没船周辺で捕獲された魚の肝臓からは、他の海域の魚よりも高い濃度で化学物質が検出されました。
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人間は、図らずも魚に沈没船という繁殖場所を提供しているようでいて、実際は魚を汚染しているのかもしれません。
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海底にアートを展示する意味
そこで、ダスキーグルーパーのための安全な住み処として「海中アートインスタレーション」を提供しているグループがいます。
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イタリアのトスカーナ州沖合には、「ラ・カサ・デ・ペッシ(“La Casa Dei Pesci”、魚の家)」という数十体の大理石の海中彫刻が、地中海底に錘で沈められています。
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この彫刻は、違法漁業で使われるトロール網を避けることを目的に、一定の間隔で海底に設置されています。つまり沈没船と同様に漁獲網からの避難所となり、その上でさらに安全な住み処を提供できるのです。
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海中彫刻は、環境保護に役立つだけではありません。アート作品として、観光客を呼び込む目玉にもなります。この「海中美術館」は誰でも訪れることができる上、彫刻によって守られている豊かな海の生き物たちをスキューバダイビングで楽しむこともできます。
また、観光客が写真を撮れば、その写真は撮り手が堪能している自然を守る研究にも使われます。
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こうした試みが進められているのは地中海だけではありません。オーストラリアも海中美術館のムーブメントに参加しています。「ラ・カサ・デ・ペッシ」と同様の試みとして、2019年からグレート・バリア・リーフに海中美術館「The Museum of Underwater Art(MOUA)」の設置が開始されています。
海底に設置されたオブジェは、燃料や積載物、電力機器、有害物質などの心配もいらず、「船の墓場」の沈没船と同様に、深刻な違法漁業から海の生き物を守る働きを果たしてくれるのです。
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