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【JA.com】「提言/鈴木宣弘 東京大学大学院教授 輸出5兆円とデジタル化を嗤う 農政の柱に危機認識の欠如」に思うこと。

鈴木宣弘東京大学大学院教授は、不安定化している国際情勢下、日本の「食料安全保障」について厳しい論調で提言されています。

「デジタル化」についても述べられていますが、このデジタル化については「実物経済と情報」の流れを円滑かつスムーズにするための「潤滑油」であり、今後の農業をはじめ社会全体において、人にやさしい社会を創り出すための大きな役割を担うこれからの分野です。

鈴木宣弘教授は、「現在進行中の世界情勢において、日本の“円”が実質的に価値を減少させつつあるなかで、激動する世界経済と国際資本の渦中にのみ込まれることなく食料政策を再認識し、資源に乏しい日本が生きていくための“食料(資源)”について、みんなで大切に考え大事にしましょう」(その他いろいろありますが)と、とても大切なことを指摘されているように思います。

現在、世界が混迷を深めつつある状況で、資源に乏しい日本が単独で生きていくことは非常に困難ですし、日本だけでなく地球上の資源は共有しなければ、どの国も単独で生きていける時代ではなくなっています。
多国間紛争・金融危機によって原油・天然ガス・化学原材料・鉱物・食料・肥料はじめ、木材パルプ・医薬品原材料・その他多くの資源、これらの物流がほんの少し変化するだけで、私たちをとりまく生活環境は大きく変化し、そのことによって莫大な何らかの利益を享受するごく少数のものと、残りのほとんどがその犠牲になるという悲劇は、これまでの歴史の中で幾度となく繰り返されてきました。

わたしたち市民が主体的に“今”出来ることは、日常の中にある「ちいさなもったいない」を、一人ひとりが再確認し、「食品ロスに気をつける」「電気はまめに消す」「車は急発進急ブレーキしない」「水は大事につかう」などとあわせ「3R:リデュース(Reduce)、リユース(Reuse)、リサイクル(Recycle)」について、勇気をもってこれまでよりもほんの少しだけ意識したライフスタイルにすることで、よりよい社会になると考えます。そういった意味で鈴木宣弘教授の、今回の提言については、とても重要な意味合いを含んでいます。

【岡崎HP記事】日本の経済力の変遷と現状。(2022.4.1)

2022.4.12掲載/【ギャラップ調査】アメリカで最も重要な問題【Gallup-Poll】

2022.4.11

岡崎 正淳

(多国間紛争・金融危機が起こる背景については、ここではこれ以上触れません)



2022年3月2日

ロシアのウクライナ侵攻に端を発し国際関係の脆弱(ぜいじゃく)性があらわになっている。このような中、東京大学大学院教授の鈴木宣弘氏は国家安全保障確立戦略の中心を担う農林水産業政策の再構築を訴える。先の岸田文雄首相の施政方針演説では農業の目玉が輸出振興とデジタル化といわれたが、「政府の危機認識力が欠如している」という。鈴木氏にこれからの農政の在り方を提言してもらった。

東京大学大学院教授鈴木宣弘氏

東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏

ウクライナ危機も勃発し、農産物価格、生産資材価格の高騰が増幅されている。

高村光太郎は「食うものだけは自給したい。個人でも、国家でも、これなくして真の独立はない」と言ったが、「食を握られることは国民の命を握られ、国の独立を失うこと」だと肝に銘じて、国家安全保障確立戦略の中心を担う農林水産業政策を再構築すべきである。国民が求めているのは、日米のオトモダチのために際限なく国益を差し出すことではなく、自分たちの命、環境、地域、国土を守る安全な食料を確保するために、国民それぞれが、どう応分の負担をして支えていくか、というビジョンとそのための包括的な政策体系の構築である。

食料危機が迫るのに「食料安全保障」が欠落

しかるに、総理の施政方針演説では「経済安全保障」が語られたが、そこには、「食料安全保障」についての言及はなく、農業政策の目玉は、輸出振興とデジタル化のように言及された。これだけ食料や生産資材の高騰と中国などに対する「買い負け」が顕著になってきて、国民の食料確保や国内農業生産の継続に不安が高まっている今、前面に出てくるのが輸出振興とデジタル化というのは、政府の危機認識力が欠如していると言わざるを得ない。

輸出振興を否定するわけではないが、食料自給率が世界的にも極めて低い37%という日本にとって、食料危機が迫っているときに、まずやるべきは輸出振興でなく、国内生産確保に全力を挙げることであろう。

しかも、農産物輸出が1兆円に達したというのは「粉飾」で、本当に国産の農産物といえる輸出は1,000億円もない。それを5兆円に伸ばすという「空虚なアドバルーン」を上げることにどれだけの意味があるのだろうか。

デジタル化も否定するわけではないが、デジタル化ですべてが解決するかのような夢物語で気勢を上げることにどれだけの意味があるのだろうか。

お金を出せば買える論理はすでに破綻

施政方針演説などの基になったのは自民党が令和2(2020)年12月16日にまとめた「『経済安全保障戦略』の策定に向けて」という提言である。その中には「食料安全保障の強化」という項目が立てられているが、「食料自給率の向上」という言葉は、ここにも一言も出てこない。結局は食料をめぐる国際経済の中でどのように調達するかを考えているにすぎないように思われる。

詰まるところ、お金を出せば買えるのだから、その準備をしておけばよい、それが一番安くて効率的な安全保障だという考え方である。しかし、今まさに、それができなくなってきていることが白日の下にさらされたのである。それを直視せずして安全保障の議論は成立しない。

貿易自由化を進めて食料は輸入に頼るのが「経済安全保障」かのような議論には、根幹となる長期的・総合的視点が欠落している。国内の食料生産を維持することは、短期的には輸入農産物より高コストであっても、「お金をだしても食料が買えない」不測の事態のコストを考慮すれば、実は、国内生産を維持するほうが長期的なコストは低いのである。目先の安さのみしか見ていなかった原子力発電の取り返しのつかない大事故でも思い知らされたところである。

そして、狭い視野の経済効率だけで市場競争に任せることは、人の命や健康にかかわる安全性のためのコストが切り詰められてしまうという重大な危険をもたらす。特に、日本のように、食料自給率がすでに37%まで低下して、食料の量的確保についての安全保障が崩れてしまうと、安全性に不安があっても輸入に頼らざるを得なくなる。つまり、量の安全保障と同時に質の安全保障も崩される事態を招いてしまうのである。

それこそが我々が今直面している事態であるにもかかわらず、食料自給率向上がまったく語られないのは、「経済安全保障」と言いながら、「食料安全保障」の本質が欠落した的外れで危険な議論であり、国民の生活やいのちを守るという「安全保障」になりえていない。

「買い負け」は現実になっている

中国などの新興国の食料需要の想定以上の伸びが明らかになってきている。コロナ禍からの中国経済回復による需要増だけではとても説明できない。例えば、中国はすでに大豆を1億300万トン輸入しているが、日本が大豆消費量の94%を輸入しているとはいえ、中国の「端数」の300万トンだ。中国がもう少し買うと言えば、輸出国は日本に大豆を売ってくれなくなるかもしれない。今や、中国などのほうが高い価格で大量に買う力がある。現に、輸入大豆価格と国産価格とは接近してきている。コンテナ船も日本経由を敬遠しつつあり、日本に運んでもらうための海上運賃が高騰している。
一方、中国の生産は経済発展で農地も減り、数十年に一度の水害が毎年起こりかねないように、「異常」気象が「通常」気象になりつつある。中国でも世界的にも不作は確実に起こる頻度を増している。つまり、世界的に供給が不安定さを増す一方で、中国の大量輸入などの需要増加傾向は強まり、今後、需給ひっ迫要因が高まって価格が上がりやすくなる。原油高がその代替品となる穀物のバイオ燃料需要も押し上げ、暴騰を増幅する。
今後、農産物の国際価格はジグザグと上下しつつも、ベースになる水準が上がっていく可能性が高い。こうして、高くて買えないどころか、日本は「買い負け」る状況が起こりやすくなる。前々から警鐘を鳴らしてきたが、このところ、さらに事態は深刻化し、様々な品目で「買い負け」がもう現実になっている。

コメを作るな、生乳搾るなと言う危機認識の欠如

食料危機のリスクが間違いなく高まっているときに、コメや牛乳や砂糖が余っているから減産しろと国は要請している。今、コメや牛乳や砂糖を減産して農家の意欲をつぶしている場合ではない。ごく目の前しか見ていない。日本にまともに食料が入ってこなくなる可能性が高まっているときにどうして減産なのか。

砂糖についても、輸入粗糖の減少で国産支援財源が不足してきているから、てん菜などの生産を減らせと言うが、そもそも国内産振興は、輸入財源の多寡で左右されるものでなく、大枠の国家戦略で判断されるものである。

砂糖は、国際的にも酪農と並んで最も手厚く保護されている部門である。その理由はナショナル・セキュリティ。砂糖の国民1人当たり摂取量が7kgを下回ると暴動などが発生し、社会不安に陥ることが世界的にデータで確認されているという。我が国の砂糖自給率は36%で、現在の国産供給は6kgなので、物流が止まれば「暴動誘発水準」をすでに下回っている。だから、国内生産を拡大することこそが国家安全保障上採るべき政策ということになる。

そもそも、30年近くも日本人の所得だけが減少し続け、食料の消費量は毎年減少が続いていた中、コロナ禍で、さらに大きく減少した。食べたくても食べられない人が増えているのであり、それは余っているのではなく、足りないのだ。増産して人道支援し、消費者を救い、それによって在庫が減り、生産者も救われ、かつ、迫り来る食料危機にも備えることこそが求められている。

だから、もう一度言うが、農業政策の目玉は輸出振興とデジタル化ではないはずだ。経済安全保障と言いながら、食料安全保障の具体策が見えてこないのは欠陥である。日本よりお金を出す国が出てきているし、お金を出しても買えない事態も現実化している中で、お金で買えることを前提にした経済安全保障は破綻している。食料が入って来なくなるリスクに備えることこそが安全保障だ。

国民全体で食料を守ろう

今こそ、食料の国内生産を維持・拡大するために、国民全体が考えよう。生産、流通、小売り、消費、関連産業は「運命共同体」である。小売りは買いたたきをやめよう。農家のコストを無視して小売りが売値に合わせて卸業者に産地価格を指示するのでは農家は苦しくなるに決まっている。農家がつぶれたら小売りも持続できなくなる。

消費者も「安ければよい」をやめよう。農家がつぶれたら食べるものがなくなる。生産から消費までのネットワークを強化し、「今だけ、金だけ、自分だけ」を脱し、「三方よし」の持続的循環経済を公共支援もセットで確立しよう。

世界一過保護な日本農業という誤解が国民に刷り込まれてしまっているが、実態はまったく逆だ。米国では、コロナ禍による農家の所得減に対して総額3.3兆円の直接給付を行い、3,300億円で農家から食料を買い上げて困窮者に届けた。日本はほぼゼロだ。

そもそも緊急支援以前の政策として、米国・カナダ・EUでは設定された最低限の価格(「融資単価」、「支持価格」、「介入価格」など)で政府が穀物・乳製品を買上げ、国内外の援助に回す仕組みを維持している。これも日本にはない。さらに、その上に農家の生産費を償うように直接支払いが二段構えで行われている。これも日本にはない。この差もあまりにも大きい。

つまり、本当は世界でも最も保護なしで踏ん張ってきた日本の農家は「精鋭部隊」なのである。それでも、世界10位の農業生産額を達成していることに日本の農家は誇りと自信と国民を守る決意を新たにしてもらいたい。

命を守り、環境を守り、地域を守り、国土・国境を守っている産業を国全体で支えるのは欧米では常識だが、それが常識でないのが日本の非常識のままでは危機が乗り切れない。国は不測の事態のセーフティネットと出口対策に財政出動しよう。

例えば、コメ1俵1.2万円と9000円との差額を主食米700万トンに補填(ほてん)するのに3,500億円あればよい。これで国民の命が守れる。全国の小中学校の給食無償化には約5,000億円あればよい。これで子どもたちの未来を守れる。食料こそが国家防衛の要である。米国からのF35だけで6.6兆円(147機)の武器購入・維持費と比べても、この食料安全保障費が出せない理屈はない。

(JA.comより)


 

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