「高校野球」「甲子園」「プロ野球への登竜門」などのイメージが連想されやすい中、スポーツライターの広尾晃氏は、高校野球の球児の減少と参加高校の減少について語っています。
競技スポーツとしての野球だけでなく、多様性の時代にあわせた教育としてのスポーツが垣間見える気がします。
現在の高校野球のあり方を否定するのではなく、さまざまな観点から見つめ直すことは必要だと感じます。(N)2022.8.1
【プレジデント】
強豪校活躍の陰で、野球をやめる学校が増加している
夏の甲子園の千葉県予選2回戦で、82対0という大差のつく試合があった。ライターの広尾晃さんは「最後まで試合を続けたわせがくは素晴らしい。しかし、こうした試合が続けば、いつか事故が起きる。高野連は、強豪校とそれ以外の格差拡大について、対策を講じるべきではないか」という――。
82対0の試合に見る高校野球の荒廃
7月11日、夏の甲子園の千葉県予選(第104回全国高等学校野球選手権千葉大会)で、82―0という大差がついた試合があった。
長生の森公園野球場で行われた2回戦、そのスコア。
わせがく 0 0 0 0 0:0
5回コールドだが、試合は3時間13分に及んだ。
こういう試合では、一般メディアは、大差がついてもギブアップせずに野球を続けたわせがくナインをたたえるような記事を書いて、一丁上がりにするのが常になっている。
しかしこんな試合があるたびに、心ある野球指導者や関係者は「この試合をどう考えるべきか」「どんな手を打つことができたのか」をSNSなどで話し合っている。
例えばスポーツマンシップの観点から、勝ったチームの選手のふるまいは正しかったのか。コールドの規定を変えるべきではないか。また、そもそもこんなカードをなぜ組んでしまったのか、大会の仕組みを変えるべきではないのか? そんな議論が起こっている。
筆者はこうした議論にも加わっているが、もう一つの視点として、この試合を「高校野球の荒廃の縮図」だとみている。
2校の間にある圧倒的な差
千葉学芸高校は千葉県東金市にある私学。元は女子高で2000年に共学になり、この年から甲子園の予選に参加している。歴史は浅く甲子園に出たことはないが、2017年には甲子園出場経験のある監督が就任し、昨年の千葉県大会では4回戦まで進出している。部員数は100人前後。
わせがく高校は香取郡多古町にある全日制と単位制、通信制を併設する私学。2003年創設で2005年から予選に参加しているが、2006年に1回戦で勝っただけであとは初戦敗退している。部員数は十数人だ。
その部員数からしても千葉学芸が高校野球に力を入れていることは明らかだ。これに対し、多様な生徒を受け入れているわせがくは、野球経験者も少なく、練習機会、環境に恵まれない中で予選に参加したと想像される。恐らくは試合前のシートノックを見るだけで、実力差は歴然としていたはずだ。
形だけの文武両道をうたう学校
この2校は、今の高校野球の「2つの典型」だ。
一つは一部私学の「甲子園出場」を前提としたビジネスモデルだ。中学野球の有名選手を「特待生」にして学費免除など好待遇で入学させ、他校で実績があった有名指導者を採用して選手を徹底的に鍛え上げる。グラウンドやジムなど練習施設も整備する。
さらに多くは「全寮制」で「24時間野球漬け」を可能にする。投資を回収するために、有望選手だけでなく、一般の野球部員も大量に入学させる。彼らの多くは3年間控え選手で、結果的に一般部員が有望選手の学費や寮費など諸経費を負担することになっている。
中には学園経営者に「何年で甲子園出場」など約束させられる指導者もいる。指導者も選手も「何が何でも甲子園」というプレッシャーの中で部活を行うのだ。
私学の中には「東大など有名大学進学」と「甲子園出場」という2つの看板を掲げて、別個に全国から生徒を募集するところもある。一つの学校に全く資質の違う2種類の高校生がいるのだ。最近はこういうスタイルを「文武別道」と呼んでいる。
ギリギリ部活をやっている学校
もう一つは「辛うじて野球にアクセスしている学校」。
わせがく高校は教育改革によって「多様な学びの形」が可能になったことで生まれた新しい高校だ。コースによって生徒の1日のスケジュールはまちまちだ。通信制、単位制、全日制とさまざまな就学環境にある生徒が、練習時間を確保するのは容易ではない。それをやりくりして予選に出てきているのだ。
通信制高校の中にも2016年夏の甲子園に北北海道から出場したクラーク記念国際高校のように、全寮制で週5日間野球に打ち込むという「野球漬け」の学校もあるが、一方で「不登校」などでドロップアウトした生徒を受けいれ、その生徒にあったスタイルで学びの場を提供している。
さらに、一部の公立校は、定員割れが続いている。そういう学校には学費や生活費をアルバイトで稼いでいる生徒もいる。ヤングケアラーも相当数いる。
部活は「生徒を学校につなぎとめる」ために存在している。指導教員は「バイト疲れで授業中は寝ていても、部活だけはやる子がいる。部活がなくなったら退学してしまう」と言う。
そんな学校も甲子園の予選に出場する。部員数がそろわない学校は「連合チーム」を組む。練習は週に数回できればよいほうで、バイトなどで参加できない生徒もいる。部活では草が生えたでこぼこのグラウンドで、数人の選手が古いボールを投げている。
「勝敗以前にけがをしないか心配」
甲子園出場を目指して「野球漬け」の日々を送っている学校と、「学ぶ機会の確保」が前提で野球など「部活」は「余技」の域を出ない学校が対戦する。両校の生徒は体格からして異なっていたはずだ。
高校野球の審判は「近年学校の実力差が広がっている。強豪校の選手のものすごい打球が素人同然の相手選手の横をすり抜けている。勝敗以前にけがをしないかひやひやする」と懸念の声を漏らす。
82対0という試合は「何が何でも勝たなければいけない」高校と、「野球にアクセスするのが精いっぱい」の高校が対戦したことによる、当然の結果だと言えるのだ。
「野球の格差拡大」を前に何もしない高野連
こうした現象は全国に広がっている。中には実力格差の拡大によって有力私学が甲子園出場をほぼ独占する地方も出てきた。
福島県:聖光学院が夏の甲子園に2007年から19年まで13年連続出場(2021年は日大東北)し、今年も出場。春の甲子園も5回出場。
日本高野連がこうした「野球の格差拡大」の是正に乗り出しているようには思えない。
有力私学と他校の実力格差を解消するためには、部員数を制限するのが有効だ。
1学年20人、全体で60人を上限とすれば、野球がやりたい子供は他校を選択する。そのほうが「試合に出場できる生徒」は確実に増えるはずだ。しかしそうした施策が検討された形跡はない。
また特待生も廃止すればよいはずだ。
事実、2007年には高校野球の「特待生問題」が社会問題となり有識者会議が設置されたが、一部私学の強硬な反対にあって高野連側が軟化し、人数や待遇面に一部手を入れただけで特待生は存続された。
要するに今の高校野球は一部私学の「甲子園出場モデル」を容認し、その他大勢の学校、特に部員数割れするような学校にはあまり気配りしていないのだ。
強豪校の監督の中には「連合チームが増えていますね」と水を向けると「ま、そういう学校の生徒さんはけがしないうちにさっさと引っ込んでもらえばいいんじゃないかな」と言う人もいる。
野球離れに歯止めが利かない
単に「野球を楽しみたい」普通の高校生の競技機会は少なくなっている。その結果として高校野球の競技人口は減少している。
2013年 16万7088人 4048校
2014年 17万0312人 4030校
2015年 16万8898人 4021校
2016年 16万7635人 4014校
2017年 16万1573人 3989校
2018年 15万3184人 3971校
2019年 14万3867人 3957校
2020年 13万8054人 3932校
2021年 13万4282人 3890校
2022年 13万1259人 3857校
(日本高等学校野球連盟サイトより)
夏の甲子園の決勝戦でアナウンサーは「全国4000校、15万高校球児の頂点に立ちました」と言うのが常だったが、その数字は過去のものになりつつある。
競技人口は毎年数千人単位で減っている。参加校数は、昨年まで連合チームでの参加を「1校」としていたが今年は3校連合なら「3校」とカウントしている。それでも減少しているのが深刻ではある。
こうした「高校野球の荒廃」は、せんじ詰めれば「甲子園至上主義」「勝利至上主義」に行きつく。「甲子園に出場できれば、すべての問題が解決する」。そのために「何が何でも勝つ」。一方で弱すぎる学校は、野球をする価値がない。82―0という試合も、そういう価値観の帰結である。高校野球の人口は減り続けるのも無理がない。
高校野球は「甲子園」がすべてではない
「甲子園至上主義」のアンチテーゼという形で、高校野球のリーグ戦「Liga Agresiva」が全国で始まっている。
秋季大会が終わった10月から有志の高校が集まってリーグ戦を行う。公立校が中心だが、新潟県の新潟明訓、長野県の佐久長聖、神奈川県の慶應など甲子園に出場した私学も参加している。
単にリーグ戦をするだけでなく「木製、低反発金属バット使用」「球数制限」「原則として全員出場」「スポーツマンシップについて学ぶ」などのルールを導入している。
筆者は毎年このリーグを取材しているが、特に控え選手の表情がいい。「試合に出ることができる」から目が輝いている。また相手チームのファインプレーに惜しみない拍手をするなど、殺伐とした甲子園予選とは違う空気が流れている。昨年は参加校が21都道府県で100校を超した。今年はさらに増える予定だ。