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【wisdom】「人新世の『資本論』」著者に聞く/2021年03月25日

【wisdom】

2021年03月25日

~ 経済成長至上主義がもたらす未来、持続可能な社会へのヒント

 豊かさを求めて世界中が追い求めてきた資本主義。経済の成長を支えるため、多くの資源を求めて地球を開発してきた結果、人類はこれまで経験したことのない気候変動の危機に直面することになった。さまざまな危機への解決策はあるのか。書籍「人新世の『資本論』」の中で、著者の斎藤幸平氏はそのヒントは「脱成長コミュニズム」と訴える。New Normal時代を迎え、豊かな未来へ進む道筋を訊いた。

地球上から失われたフロンティア 突入した「人新世」の時代とは

── 著作では、「人新世」の時代とありますが、どのような時代なのでしょうか?

まだ馴染みのない人も大勢いると思いますが、地質学の概念です。近年では、自然科学だけではなく、人文科学や社会科学の分野でも注目されている概念なのですが、言わんとすることは単純で、人類の経済活動の痕跡が地球の表面を覆いつくした時代ということです。例えば、道路や建築物、農地、ゴミ捨て場に至るまで、地表のどこを見ても、もはや人間の経済活動の手が届いていないところはありません。

資本主義がグローバル化していく中で、人は豊かになるために地球を開発し、その先にある自然資源などを商品化して経済成長を遂げてきました。しかし、「人新世」では資本主義が膨張を繰り返したことで、地球上にフロンティアと呼ばれる未開の地が失われてしまったのです。

©young-ju-kim
斎藤 幸平氏
大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。
ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。
専門は経済思想、社会思想。
Karl Marx’s Ecosocialism:Capital,Nature,and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳 『 大洪水の前に 』 /堀之内出版)によって権威ある「ドイッチャー記念賞」を日本人初歴代最年少で受賞。編著に『未来への大分岐』(集英社新書)

重要なのは、その結果人間が地球を自在に操れるようになったわけではなく、人類が引き起こしている気候変動の影響によって、むしろコントロールできないような異常気象、自然災害が発生するようになり、恵まれた社会においても、今まで直面しなかったような問題が顕在化していることです。それが「人新世」の時代です。

2050年では間に合わない気候変動の危機 脱炭素社会に向けて必要な大転換

── 近年、日本でも豪雨や大型台風の被害が多発し、気候変動の影響が感じられます。しかし、日本人の地球環境への意識は、まだ希薄のように感じます。

先進国に生きている私たちは、豊かな生活を享受しています。コンビニでは24時間モノが売られていて、ファストフード店でいつでも食べることができます。さらに、いつでも何でもインターネットで欲しいモノが安く手に入ります。日本は世界中からモノが集まるという恩恵を受けてきました。これはグローバル化や資本主義の発展が、私たちの生活を豊かにした最大の魅力です。そのため、多くの日本人は気候変動や環境破壊をあまり自分たちに直結しない、途上国の問題と捉えていました。むしろ、自分たちはこの豊かな生活を手放したくないという考えが強かったのではないでしょうか。けれども、この豊かな生活こそが、気候危機を深刻化させています。今後、危機が深まるなかで、誰しもが厳しい現実に目を向けなければならなくなるでしょう。

そんななか、世界中が脱炭素社会に向けて動き始め、日本も2050年までに脱炭素化を打ち出しています。そして、気候変動対策だけではなく、持続可能で公正な社会を目指すような理念としてSDGsが非常にもてはやされ、一般的に認知されました。SDGsは一見すると非常にポジティブなものとして捉えがちですが、それに対して、私は警鐘を鳴らす意味で「SDGsは大衆のアヘン」と言っています。その意図は単純で、SDGsが今のような間違った使われ方をすることで、求められている社会の大転換の必要性が見えなくなってしまうことへの危機感です。SDGsの17あるゴールの内のいくつかを恣意的に取り出し、企業がその推進をPRすれば、消費者もマイボトルやマイバッグを持つようになって自己満足感を得られます。しかし、それでは問題は根本的には何も解決せず、むしろ危機は深まるばかりなのです。

パンデミックが示唆した未来の世界 行き過ぎたグローバル資本主義の限界

── そのうえで、グローバル資本主義の限界を指摘していますが、具体的にはどのようなことでしょうか?

例えば、パンデミックを考えてみるとわかりやすいでしょう。人間が手付かずだった自然の奥深くに入り込んでいけば、未知のウイルスとの接触可能性は増大します。さらに、人間は木を伐採して、生態系を破壊し、それをウイルスが繁殖しやすいモノカルチャー経済によって置き換えていく。多くの研究者たちが警告していたように、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、起こるべくして起きたとも言えるでしょう。

一度パンデミックが生じてしまうと、豊かであるはずの先進国社会はウイルスの脅威を前にして、非常に脆弱であることが判明しました。医療保険体制などが、目先の利益を求めるコストカットによって解体されて、十分な検査体制を取ることもできなかったのです。

市場もうまく機能していません。当初は日本でもマスクや消毒液の買い溜めが起こり、最近は世界各国で新型コロナウイルスワクチンの囲い込みが起きています。これは人類が直面している危機に立ち向かう方法として正しいのでしょうか。気候変動の危機は今後ますます大きくなります。人類としてどう立ち向かっていくのか、今回のパンデミックを踏まえて議論を進める必要があります。

私たちは、より早く、より遠く、より多くモノを運べるようになり、人やモノの移動こそが東西冷戦崩壊後の一つになった世界の豊かさでした。その裏で、世界中を人やモノが輸送されることにより、化石燃料を含めた膨大な資源が消費され、地球環境がますます破壊されていきました。私たちの根本的な生存条件を脅かす事態が、まさに行き過ぎてしまったグローバル資本主義の状態で、それがいかに破壊的であったかの証明になっています。

©young-ju-kim

人間と自然が繁栄する社会を目指して、「コモン」を広げて経済成長を抑制する

── そこで、「脱成長コミュニズム」が世界を救うと提唱されています。その概念はどのようなものでしょうか?

まず、「脱成長」というのは、GDPや経済成長至上主義で見逃され深刻化した事態、問題をもっと重視して、人間と自然が繁栄できるような社会に移行していく考え方です。資本主義というのは、絶えず資本を増やし続け、経済成長を求めていくというシステムです。ところが、経済成長を求める続けることにより、市場規模を拡大させ、人々に多くの消費を促していく中で、地球の限界を超えるようになりました。簡単に言えば、地球上の限りある資源の中で、年率3%で無限の成長を続けようというのは全く不合理な段階に入っているのです。経済成長を否定しているのではありません。途上国などは経済成長をする必要がありますし、私たちも経済成長によって豊かになり、貧困、飢餓、病気などを乗り越えてきました。しかし、地球環境が脅かされている状況で、これまで通りの経済成長を求める必要はないと考えます。人間と自然が繁栄できるような社会に移行していくことが「脱成長」の理念です。

もう一つは、「コミュニズム」ですが、これは政治経済の文脈におけるいわゆる共産主義的な意味とは全く関係のないものだと思ってください。資本主義では絶えざる成長を求めるだけではなく、あらゆるものが商品化され生活に必要なモノさえも一部の企業が独占して利益を追求します。しかし人が生きていくための根源的なモノが商品化されている状況は、間違っているのではないかと私は感じます。生きるために必要な住居、公共交通機関、電気、水、医療、教育、そしてインターネットを入れてもいいと思うのですが、これらは基本的に公共財産(コモン)です。市場任せにするのではなく地方自治体や国がしっかり管理して、無償あるいは廉価で提供していく方がいいと考えます。

あらゆるものを商品化する新自由主義、それに対して市場の領域を狭めていって「コモン」の領域を増やしていくことが「コモン主義」あり、これを私は「コミュニズム」と提唱しています。その目指すべき社会は、コモンの領域を拡張することで、経済成長にブレーキをかけるような社会、それが「脱成長コミュニズム」の概念になります。

テクノロジーでの効率化と、ライフスタイルの変革が解決する

── 「脱成長コミュニズム」の社会において、テクノロジーはどのような役割を果たせるのでしょうか?

「脱成長」の言葉から、山村でコミューンのような共同体生活をすると誤解される人もいますが、私の意図はそうではありません。むしろ、現状のテクノロジーを最大限に使っていく可能性もあります。例えば、ICT、IoT技術や再生可能エネルギーを活用して、効率化を図っていくことに関しては全く否定していません。私が批判しているのは、効率化さえすれば、私たちは現状のライフスタイルを何ら変える必要はないという考え方です。つまり5年に1回車を買い替え、2年ごとにスマートフォンやPCを買い替えるような消費生活を続けることに何の疑問も持たないことです。

このライフスタイルでは、二酸化炭素の排出量がどれほど減るかも怪しいですし、今まで通りの大量消費を続けていくことになるため「脱成長」と相容れません。効率化によって仮に二酸化炭素排出の減少傾向に効果が少しあったとしても、先進国の生活を支えるためにますます多くの資源が途上国から収奪されていきます。これまで石油だった資源に変わり、他の資源が消費されていくようになります。効率化のためだけのテクノロジーでは、本来のSDGsの理念とも相容れませんし、それは正しい技術の使い方ではありません。今までのライフスタイルに固執する限りで、問題の本質は解決しません。

労働と消費のサイクルから解放 新しい価値観と豊かさを再発見する

── 「人新世」の時代の一方で、New Normal時代を迎えています。これからのビジネスのあり方、働き方はどのようになるのでしょうか?

経済成長を前提としたビジネスだけでは、もはや成り立たないし、企業としての社会的な責任も果たせなくなっていると思います。しかし、企業はもっと大胆に新しい価値観を提示すべきではないでしょうか。資本主義のように、一部の企業が何かを独占して利益を得るモデルから、気候危機の時代に合わせた持続可能な働き方やモノづくりを考えることが重要になってくると思います。旧来の価値観に縛られている人が多くいる中で、そのような価値観の転換をいち早く遂げる企業が時代の新ルールを作るでしょう。

例えば、コロナ禍によって、テレワークが急速に普及しました。強調したいのはテレワークでよいというのではなく、働き方そのものを根本的に見直すことの重要性です。満員電車に乗って、通勤することがくだらないと断言できる大企業がでてくるべきです。さらに、フィンランドでも議論されているように、週休3日制や一日6時間労働も十分可能だと思います。

仮に技術革新で二酸化炭素の排出がゼロになったとして、電気自動車や100%リサイクル素材のPC、太陽光パネルなどを生産するために40時間以上働き続けることがそもそも幸せなのでしょうか。効率化された結果、二酸化炭素は出ないけど私たちは依然として多くを犠牲にして働く、そんな社会を目指すのかを含めて考え新しい価値観をつくる必要があります。あるいは、毎年のような製品のモデルチェンジなども、本来まったくもって不要なはずです。

労働時間を削減することで収入減の懸念がありますが、だからこそ「コモン」なのです。「コモン」を増やすことは、労働で得られる賃金に必ずしも依存せずに、最低限の生活が保障される余裕がある社会をつくることにつながります。そうすれば、余暇や家族との時間を過ごしたい人には余裕が生まれるのです。コミュニズムの社会では、労働と消費のサイクルに巻き込まれることからコモンによって解放されることで、違った形の豊かさや人生の意味を再発見できるようになります。

── 最後に、よりよい社会についてメッセージをお願いいます。

地球環境の破壊は途上国の人たちや将来の世代からさまざまなモノを奪うことであり、現在の社会は公正とは言えません。二酸化炭素を排出しているのは一部の先進国や富裕層であり、被害を受けるのは排出していない途上国や将来の世代。これは明確に不平等であると言えます。気候変動に取り組むこと、それは私たちがどういう社会に住みたいか、どういう社会を残したいか、その価値観を問うことです。今まで追求してきた価値観を相対化して、新しい価値観を作っていきましょう。


書籍

『 人新世の「資本論」 』 (集英社新書)
著者:斎藤 幸平氏(大阪市立大学大学院経済学研究科准教授)

2020年9月に発行され、20万部を突破するベストセラー書籍。新書大賞2021を受賞。
人類の経済活動は地球を破壊し、気候変動を引き起こした。
晩期マルクスの思想の中に眠っていたヒントから、危解解決策の「脱成長コミュニズム」を提唱している。

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