【野村総研】
2023/08/28
住宅市場は長期的に需要の縮小が予想されています。一方、供給側でも、住宅の建設を担う大工などの技能者は減少の一途をたどっており、欲しい時に建てられない、住宅建設はそんな時代に突入しつつあります。野村総合研究所(NRI)はこうした技能者不足の現状を分析し、2040年の予測値を算出。データを元に解消に向けた提言を行っています。本テーマに詳しいコンサルティング事業本部の大道 亮、御前 汐莉、青木 笙悟、村井 智也、戸田 直哉とNRIタイの大西 直彌に、その詳細を聞きました。
住宅建設技能者の減少、深刻に
建設業界における「2024年問題」が目前に迫る今、技能者不足は喫緊の業界課題です。大工、とび職、電気通信設備工事従事者、左官、配管従事者といった住宅の建設にかかわる職種群をまとめてNRIが定義した「住宅建設技能者」の人数は、2040年時点で約51万人(2020年比で約63%)まで減少する見通しです。特に大工の人数は減少幅の半分以上を占め、2015年の35万人から2020年には29.8万人まで減少しました。2040年にはさらに約13万人まで落ち込む見通しです。
こうした住宅建設技能者数減少の主な要因は、「団塊世代」と「団塊ジュニア世代」の引退です。2010年時点で55~64歳だった団塊世代は、2020年から2030年にかけて労働市場から急速に姿を消すことになります。また2010年時点で35~39歳だった団塊ジュニア世代も、若いぶん団塊世代に比べると減少速度は緩やかであるものの、2040年にかけて半減していく見通しです。
人数の多い二世代の労働市場からの退出は、建設業界にとって大きな痛手です。収入水準や安定性、労働環境など職業としての魅力が向上しない限りは、若い世代の流入も見込めそうにありません。住宅建設技能者全体の人数が減っていくことは避けられないと考えられます。
技能者1人あたりの建設負担はすでに危険水域
住宅を建てる技能者が減っていても、住宅の需要と供給のバランスが取れていれば、大きな問題にはならないはずです。実際に新設の住宅着工戸数は2022年度の86万戸から2030年度には74万戸、2040年度には55万戸に減少する見通しです。この傾向は持家・分譲住宅・貸家のいずれも同様で、2022年度にはそれぞれ持家25万戸・分譲住宅26万戸・貸家35万戸だったものが、2040年度時点で持家15万戸・分譲住宅12万戸・貸家28万戸に減少すると予想しています。背景には、移動世帯数の減少や名目GDP(国内総生産)の成長減速、平均築年数の伸長などがあります。
しかし住宅建設技能者数は、これを上回るペースで減少する見通しです。NRIの調査では、建設技能者の需給バランスがとれていた2010年を基準とした場合、2040年における新設住宅着工戸数が33%減であるのに対し、住宅建設技能者数は50%減と、需要よりも供給の方が17ポイントも多く減少する見通しです。
そのため住宅建設技能者1人あたりの負担は増加していくでしょう。住宅建設技能者1人あたりの新設住宅着工戸数は、2010年時点では年間約0.8戸/人でしたが、2020年時点ですでに約1.0戸/人まで上昇。2025年以降は約1.1戸/人という深刻な人手不足状態に陥ると予想しています。
人手不足対策は、もはや経営課題・業界課題との意識を
こうした人手不足を、生産性の向上でカバーすることはできるのでしょうか。2040年度時点での新設住宅着工戸数は約55万戸まで減少する見込みですが、この需要を満たすためでさえも、2010年比で約1.3倍の生産性向上が求められます。建設現場ではこれまでも生産性向上に向けた様々な取り組みが行われてきましたが、いまだ人手不足問題は解消されていません。このまま現場レベルの取り組みを続けていても、人手不足問題を解消しきることはできないと考えます。今後は業界をあげた思い切った改革が必要です。
例えば、需要ではなく供給に合わせて「欲しい時ではなく、建てられる時に建てる」といった建設の実現も一案です。住宅需要は特定の時期に集中するため、繁閑の差が激しいという特徴があります。忙しい時期は人手不足が深刻化する一方で、閑散期は仕事量も技能者の収入も減少し、業界全体として非効率が発生しているのです。需要ではなく供給に合わせた建設でこの非効率を解消できれば、人手不足の緩和はもちろんのこと、住宅建設技能者という職業の魅力向上にもつながるのではないかと考えています。
繁閑の差を解消するには着工時期をずらす必要がありますが、持家の場合、土地の購入後なかなか着工できないことによる二重ローンの発生、貸家なら需要が高まる4月までの空室リスク、新築期間の短縮といったデメリットを解消しなければなりません。施主の理解も必要になるでしょう。実現のためには、金融機関や官公庁との協働など、住宅業界の垣根を越えた取り組みが求められます。
建設業界にも時間外労働の上限規制が適用される「2024年問題」を踏まえると、もはや時間の猶予はありません。人手不足問題の根本的な原因を見極め、解決に向けてこれまでにないスピード感をもって行動していけるかどうか。今後数年間は、それが試される時期になりそうです。