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【AERA】万引き、薬物…あらゆる「依存症」だった元受刑者の43歳女性が名前・顔出しで“当事者”を支援する理由/2022/10/28

【AERA】

2022/10/28

「依存症子」の名前で支援活動をしている、湯浅静香さん(撮影/國府田英之)過去に万引きや薬物、ギャンブルなどの「依存症」と診断された元受刑者の女性が、顔と実名を出し、依存症者や家族を支援する活動を続けている。犯罪歴があることへの批判や中傷のリスクを承知で、なぜ表に出る決断をしたのか。女性が送った半生と、実名で活動する思いを聞いた。

【依存症を深めていた20代のギャル時代】

*  *  *
「あなたが繰り返してきた万引きや薬の大量服用、ギャンブルなどはすべて典型的な依存症です」

精神科医からそう告げられたあと、大泣きしている自分に気が付いた。

「先生、私、どうしたらいいんですか?」

埼玉県在住の湯浅静香さん(43)。依存症の情報を発信し、当事者やその家族の相談を受ける「碧の森」を運営する傍ら、「依存症子」の名前でブログや動画サイトを活用し、自らの体験を赤裸々に語っている。

今でこそ髪形も服装もきれいに整え、ハキハキと話す湯浅さんだが、冒頭の涙のシーンは「毎日、向精神薬を大量に“食って”ボロボロだった」という8年前の出来事である。

その数日前。湯浅さんは埼玉県内の商業施設にいた。向精神薬の影響で記憶は鮮明ではない。衣料品店に入ると、持っていたバッグに手当たり次第に服を詰めた。店員の視線も、防犯カメラが設置されているであろうこともぼんやり分かっていた。

店外に商品を持ち出してから向かったのは、なぜか商業施設内の喫煙所だった。店から連絡を受けた警備員がやってきて、その後、駆けつけた警察官に現行犯逮捕された。

万引きでの逮捕は3度目。バレバレの犯行だったが、逃げるわけでもない。しかも前回の逮捕からわずかな期間しかたっていなかった。

「また戻って来ちゃったの?」

連れて行かれた警察署の担当刑事は驚いた。当局の判断で精神鑑定を受け、専門医から告げられたのが、「依存症」との診断だ。湯浅さんはその時を振り返る。

「なんで向精神薬をこんなに飲んでしまうのか。やめたいって毎日思うのに全然やめられない。万引きも、何を盗んだかも覚えていないし盗んだものを使ったことは一度もない。なのに盗った瞬間だけは『サイコー!』で、そのスリルを味わうことがやめられなかった。診察を受け、自分の不可解な行動は依存症という病気で、完治はしないけど回復はできると分かったこと。薬やギャンブルが止められないことに対して、散々『意志が弱い』と言われ続けてきたが、自分の意思の問題ではなかったということ。本当のことが分かりホッとして、気がついたら涙が出ていました」

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援助交際に走ったギャル時代

20代の頃の湯浅静香さん。薬物の大量服用など依存を深めていた。画像の一部を加工しています(本人提供) ただ、病名が分かったところで、依存症の体質は変わらなかった。

執行猶予付きの判決を受けた湯浅さんは、自宅に戻るとすぐに向精神薬に手を出した。そしてわずか2週間後、万引きで逮捕され今度は懲役2年7月の実刑判決を受けた。

■母親からの虐待とネグレクト

湯浅さんは自らの半生を「好き放題に生きてきた」「クソみたいな生活だった」と振り返る。その言葉通りに破天荒だが、ただどこか、あえて自分で自分を痛めつけるような生き方を選んできたようにも見える。

幼少期に味わったのは、母親からの虐待とネグレクト(育児放棄)。

「幼いころから、どこか精神的にゆがみがあったのかもしれません」

ギャルだった高校時代。街でナンパをしてきた「超エリート」の大人に持ちかけられて、援助交際に走った。

繁華街にいた外国人から「痩せる薬だよ」と声をかけられて違法薬物にも手を出した。

身長168センチで体重は40キロそこそこ。明らかに痩せる必要はなかったが、理由はどうでもよかった。

高校卒業後に夜の世界で働き始めると、店のナンバーワンに昇りつめた。仕事は頑張っていた一方で、昼夜逆転の生活が続き、精神科で向精神薬の処方を受けるように。違法薬物もやめられず、体はさらに痩せていった。

気がつけば、多幸感を得たり精神的な苦痛から逃れるために薬を大量服用する「オーバードーズ(OD)」を繰り返すようになっていた。客の誘いで「闇カジノ」に行くうちに、ギャンブルもやめられなくなった。

26歳。愛想をつかされたのか、恋人に振られて薬を大量服用し自殺未遂した。

破天荒に生きてきたツケはどんどん回ってきた。三十路(みそじ)手前になると、夜の店には自分より若い女の子が入ってきて人気は下降した。薬の影響で言動が支離滅裂になり、ついていた客もどんどん離れていった。

31歳で、安定した職業の高収入の男性と結婚した。だが、甘いはずの新婚生活に感じたのは、

「なんでこんなに退屈なのか」

今度はスリルを求めて、毎日のように万引きを繰り返すようになった。

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「妊娠したと言っていたけどあれは本当ですか?」

ギャル時代の湯浅さん(本人提供)

■依存症の教育が足りない刑務所

逮捕後の拘置所暮らしの中で薬の服用量が減ると、思考が徐々にクリアになってきた。それは「クソみたいな」過去の自分と向き合うことでもあったという。

最もショックを受けたのは、夫からの手紙だ。

《俺に保険金を掛けて死ねと言ったが、仮に言う通りにしていたとしてその金は何に使うつもりだったの?》
《妊娠したと言ってたけどあれは本当ですか?》

「夫の手紙の内容を、何ひとつ覚えていなかったんです。もう一人の知らない自分が手紙の中にいるような……。その他の話も、あれもこれも覚えていない。頭がさえていく中で、私は一体何をやってきたのかと急に自分が怖くなりました。こんな自分が、刑務所から出た後にまともに生きていくことができるのかという恐怖が襲ってきて…」

拘置所には、薬物などの依存症を抱える累犯者が多かった。彼女たちに話を聞くと、育った環境など、自分と共通する点がたくさんあった。

依存症に関する本を借りて読みあさり、自分の症状がどのようなものか自覚できるようになった。さらに、その後に移送された刑務所でも勉強を続ける中で、ふと疑問がわいた。

刑務所の依存症に関する教育や指導が、足りなすぎるのではないか。

刑務所内では対象者を限定し「薬物依存離脱指導」を行なっているが、十分ではないとの指摘はかねてあった。

「依存症とは何なのか。どこに相談し、どう行動すれば更生につなげられるのか。当事者だけではなく家族は何をすればいいのか。しっかり学ばずにただ服役して刑務所を出たら、また依存状態に戻ってしまうだけ。累犯者が多いのは、教育の機会が少な過ぎることが一つの理由ではないかと感じたんです。私の罪名は窃盗ですが、その根底には薬物依存がありました。そうした問題へのアプローチが一切ない刑務所の教育体制に大きな疑問を持ちました」

38歳で出所し、ネイリストの資格を取った。仕事を始めると同時に、依存症者や家族の支援、情報発信に携わっていくことを決めた。

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「クソみたいな人生」もすべて出すと覚悟

湯浅静香さん。自宅の一室で相談を受けているが、オンライン相談も可能だ(撮影/國府田英之)

■最後は腹をくくった

あとは自分の素性をどこまで出すか、伏せるか。夫とも話し、最後は腹をくくった。

「刑務所にいた2年半は、税金で食べさせてもらい、学ぶ機会まで与えてもらった。社会に恩があるのだから、今度は私が累犯者を減らすために、名前も顔も『クソみたいな人生』も、すべて出して活動しようと決めました。批判もあるだろうと思いましたが、覚悟を見せて取り組まないと認めていただけないですよね」

「依存症子」の湯浅静香、としてブログや動画サイトで依存症に関する情報発信を始め、自らの経験を赤裸々につづった。昨夏に相談事業である「碧の森」を立ち上げた。

相談に訪れるのは服役中の依存症者の家族が目立つ。湯浅さんの勧めで依存症に関する書籍を受刑者に差し入れしたり、湯浅さんのブログを印刷して送っている家族も多いという。

「まずは、依存症とは何かを知ってほしいです。それと、累犯者は自分はもうダメだと思ってしまっている人が多かったのですが、あなたと同じ元受刑者が、依存症の治療を続けながら社会でやり直そうとしている。こういう人間が実際にいるんだよということを知ってほしいと思っています」

湯浅さんは、犯罪者の更生を手助けする「保護司」になることを目標に掲げている。犯罪歴がある人への法的制約があり現実は厳しいが、それも覚悟の上だ。いつかは刑務所に出向き、自らの経験とその後を話す機会ができることも望んでいる。

「私だからこそ、元犯罪者や刑務所の中にいる人たちにできることがあるはずなんです。長い時間がかかると思いますが、ひとつひとつ、やり遂げたいと思っています」

決して平たんではないが、「クソ」ではない新たな人生を歩んでいる。(AERA dot.編集部・國府田英之)

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