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【東京新聞】インド仏教の高僧・佐々井秀嶺さん、造語「必生」の裏には若き日の苦悩 カースト最下層民に寄り添い/2023年6月26日

【東京新聞】

2023年6月26日

インドの人たちと歩く佐々井さん=支援団体「南天会」提供

 約14億人の人口のうち、約8割がヒンズー教徒とされるインド。カースト制度によって最下層に置かれ「不可触民」と呼ばれる人々の社会的地位の向上を目指して活動を続ける日本出身の仏僧・佐々井秀嶺しゅうれいさん(87)が、4年ぶりに来日した。インド仏教界の最高指導者として、大きな影響力を持つ佐々井さんは今の日本をどう見ているのか。話を聞いた。(宮畑譲)

◆都内の寺院で…涙を流す人も

 「平等、博愛、自由!」「インド仏教は再興した」
 今月3日、都内の寺院で行われた講話。高齢のせいもあってか、しわがれた声は必ずしも聞きやすくはない。ただ、その中に抑揚があって、トーンを上げたときはその年齢を感じさせない。ピンと背筋を伸ばしたまま約1時間、水も飲まずに話し続けた。時折交える冗談に、会場から笑いが起きる場面もあった。
久々に訪れた日本で講話をする佐々井秀嶺さん=3日、東京都内で

久々に訪れた日本で講話をする佐々井秀嶺さん=3日、東京都内で

 北海道や岩手など全国から集まった聴講者は150人を超え、立ち見も出た。老若男女、子連れもいた。ずっと背筋を伸ばしている人、目をつむって聞き入る人もいて、聴衆からは、ひと言も聞き逃すまいという気持ちが伝わってくる。講話後は、ひざまずいてあいさつをする人が列をつくった。声を掛けられ、涙を流す人もいた。
 都内に住む40代の自営業女性は「生きているうちにお会いしたかった。小さいけど、大きく見えた。周りの人が安心する力を持っていると思う」と感激した様子。埼玉県川越市から来た岸信一郎さん(73)は「インドでギリギリの所にいる人に分け入り、捨て身でやっている。日本が忘れた人材」と話していた。

◆カースト最下層から抜け出すために

 多くの人から尊敬を集めるこの老僧。一体、どんな人物なのか。
 仏教発祥の地でありながら、インドではイスラム教徒の侵攻などもあり、13世紀までに消滅したと考えられてきた。その再興運動を半世紀以上にわたって主導してきたのが佐々井さんだ。
 ヒンズー教と結び付いたカースト制で、最下層と位置付けられる「不可触民」。触れることも不浄とされ、身分は親から子に引き継がれる。カーストによる差別は問題視され、憲法でも禁じられているが、人々の意識は簡単に変わらない。近年、カーストから抜け出すため仏教に改宗する動きが広がっていて、佐々井さんはその中心を担う。

◆2度の自殺未遂 タイからインドへ

 出身は岡山県新見市。仏道に入るまでの青年期、恋愛や人生に悩み、2度の自殺未遂を起こした。山梨県勝沼町(現甲州市)の大善寺に拾われ寺男となり、1960年、高尾山薬王院で得度を受けた。タイに留学したが、そこでも女性関係などの問題を起こし、「師に顔向けできない」と67年、インドに渡った。
インドの人たちに講話する佐々井さん(支援団体「南天会」提供)

インドの人たちに講話する佐々井さん(支援団体「南天会」提供)

 翌年、現在の活動拠点・ナグプールに移った。ここは、不可触民出身ながら初代法相となった故ビームラオ・アンベードカル氏が仏教再興を宣言した地だった。身分差別を断ち切るため、アンベードカル氏は不可触民ら50万人とともにここで仏教に集団改宗した。アンベードカル氏の死後、導かれるようにナグプールに来た佐々井さんは次第に後継者とみなされていく。
 88年にインド国籍を取得。90年代以降は、仏教の聖地の一つでありながら、ヒンズー教徒に管理されていた、世界遺産のブッダガヤ大菩提ぼだい寺の奪還闘争を展開。2003年には、インド政府少数者委員会の仏教徒代表に就任した。

◆仏教から命名の原発「断じて許されない」

 インドで骨をうずめるつもりだったが、日本との縁は絶ち切りがたく、2009年、44年ぶりに帰国。その後何度も来日していたが、ここ数年はコロナ禍もあって途絶えていた。久々の日本をどのように感じたのか。
 来日を続ける理由の一つが、11年の東日本大震災後の復興が気になったから。震災の被害を大きくしたのは原発。その原発では、新型転換炉「ふげん」や高速増殖原型炉「もんじゅ」(いずれも廃炉が決定)と仏教にちなんで名付けられた施設もある。この名称について「これは仏者として到底我慢できない。断じて許されない」と憤る。

◆日本の若者よ「何があるか分からんから死ぬな」

 佐々井さんの目には、本当の意味での復興は進んでいない、むしろ日本全体に活気がなくなっているように見えている。
インドの仏教徒に囲まれる佐々井さん=支援団体「南天会」提供

インドの仏教徒に囲まれる佐々井さん=支援団体「南天会」提供

 「問題は解決していない。日本は国力がだんだん弱くなっているように思える。人口が減っていて、活気がない。若い青年たちに活力が見えないんだ」
 日本において、若年層の人の間で最も多い死因は自殺。その背景を「生きても仕方がない、人生のビジョンが見えない。未来がない。どうして生きようかという道しるべがない、ということなんだろう」と推測する。
 かく言う自身も苦悩の末、何度も自殺を試みている。そのたび手を差し伸べてくれる人がいて生かされた。その経験から、今は「必死」の反対となる造語「必生ひっせい」が信条となった。必ず生きて頑張るんだ、と。「最後の最後まであきらめるな。何があるか分からんから死ぬな。これが日本青年に対する言葉だ」

◆「お釈迦様は畳の上で往生していない」

 昨年、旧統一教会への高額な献金などによって家庭が崩壊したことを背景に、山上徹也被告(42)が教団と関係があった安倍晋三元首相を銃撃する事件があった。この事件は気になった様子で、問題ある新興宗教にはまってしまう人がいる理由に、既存宗教の世俗化が進む一方で、民衆との距離が広がり、求心力が低下していることも影響していると考えている。
 「肉食妻帯を許し、世襲も多い。親身になって民衆と密着し、苦楽を共にする本来の活動から離れている。密着していないです」。もっと身近で親身な活動が必要だと訴える。
 自身は今も小さな部屋で寝起きし、日々訪れる人々と接している。「お釈迦しゃか様は畳の上で往生していないんだ」。命ある限り、悩める人に寄り添い続ける。

◆「ウソではなく命を削っている」取材者が見た姿

 佐々井さんは2010年、数奇な半生や活動について記した「必生ひっせい 闘う仏教」(集英社新書)を出版。その足跡はインド文化研究家で作家の故山際素男さんの「破天」(光文社新書)にも詳しい。
 インドで長期間にわたり密着取材をしたフリーライター・白石あづささんは「佐々井秀嶺、インドに笑う」(文芸春秋)で飾らない人柄を伝えている。
 白石さんによると、普段から食事は質素で、寝起きしている部屋は狭く、とても清潔とは言えないという。そこに地元の人たちが、身の回りの生活相談のようなものも含め、ひっきりなしに訪れてくる。インド仏教界の頂点に立つ「高僧」がそれら一つ一つに丁寧に対応する様子に驚かされたという。
 白石さんは「『自分は一般的な人の幸せを捨て、人の幸せのために生きる』ということを実践していて、ウソではなく命を削っている。その姿を現地の人はずっと見ている。尊敬できる、必要な人だということがよく分かる」と話す。

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